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27話 ラ・ベル・レジスタンス

初夏の陽光が、ガラス窓から柔らかく差し込むこの場所――

私のサロン、《ラ・ベル・レジスタンス》は、いま王都中の貴婦人たちの注目を集めている。


白亜の漆喰で仕上げられた外壁に、鮮やかなグリーンの屋根が映える建物。

ゆるやかなアーチを描く大きな窓は、繊細な鉄細工の柵で囲まれて、季節の花々が咲きこぼれている。緩やかなカーブの石段を数段のぼると、金文字で店名が記された看板が「ようこそ」と出迎えてくれる。


人々は足を止め、少し緊張した面持ちで扉を開ける。

けれど、一歩足を踏み入れた瞬間、その緊張はやさしく解かれていくだろう。


白と淡いグリーンで統一された小さなショップスペースがまず目に入る。

そこには、肌にやさしい成分にこだわった化粧品や香油、季節ごとのおすすめアイテムが丁寧に並べられている。間違っても、鉛白などの健康に害を及ぼすものは使われていない。


奥には、白を基調としたカウンセリングルームがある。

蒸した薬草の香りが立ちのぼる温かなハーブティーを手に、それぞれが静かに心の扉を開いていく。

「最近、疲れやすくて」「昔より体型が変わってきたかも」――そんな小さな悩みも、ここでは安心して口にできる。

スタッフは、決して無理に励ましたり、答えを急がせたりはしない。ただ寄り添いながら、目の前の声に真摯に耳を傾けている。


隣にあるのは、身体を鍛えるためのトレーニングルーム。

ここでは、ストレッチや筋トレを教える。やわらかな間接照明が落ちる空間のなか、木の温もりが心地よいフロアで、深い呼吸とともに体をゆるやかに伸ばしていく。

トレーナーの穏やかな声に導かれ、笑い声がふっとこぼれるそのひととき。

額に汗をにじませながらも、晴れやかな表情を浮かべる彼女たちの姿に、私も思わず胸を打たれる。


さらに奥のガラス扉を抜けると、四季折々の花々が咲き誇る中庭のウォーキングガーデンが広がっている。

そよ風に揺れるスカートの裾、整えられた小径をゆっくりと歩く足取り。

鳥のさえずりに耳を澄ませながら、自分のペースで歩くその背中は、誰もが凛として美しい。


そのサロンの中の一室で、私は講義をしていた。

席についた令嬢たちの瞳は真剣そのもので、私の言葉ひとつひとつに心を傾けているのが感じられる。


「こちらが今月のおすすめ、“レモンとミントのデトックスウォーター”ですの。水分をきちんと摂ることは、ダイエットにも欠かせませんわ」


デトックスウォーター――それは前世でも流行した健康習慣のひとつだった。

正直に言えば、その“デトックス”という効能が本当にあるのかは疑問だ。

けれど、デトックスウォーターにはおいしく水分補給をおこなえる大きなメリットがある。


この世界の女性たちは、トイレが近くなるという理由で、水をあまり摂りたがらない傾向がある。また、紅茶やハーブティーなど嗜好性の高い飲み物を好んだりと、無味の水に対する抵抗感が根強い。だが、フルーツやハーブの風味が加えられた水なら、通常の水よりも摂取しやすいだろう。


「必要なものを取り入れ、余分なものを流す――そのためにこそ、水は重要ですのよ」


私はティーカートを押しながら、優雅に微笑む。


その所作のすべてが自然と洗練されたものになったのは、決して貴族令嬢としての作法ゆえではない。

自分自身を慈しみ、誇りをもって生きるようになったからこそだ。


あの夜――

舞踏会で婚約を破棄した、あの瞬間から、私の人生は変わった。


本来なら、私は“悪役令嬢”として断罪されるはずだったが、自らの意思でその筋書きを打ち砕いたのだ。


「私、エリザベート・グラシエルは、貴殿との婚約を――本日をもって破棄させていただきます」


その言葉を口にしたとき、胸の奥に絡みついていた重苦しい鎖が、音を立ててほどけていくのを感じた。

もう誰にも、私の価値を決めさせたりはしない――

私は、私のために、美しくなる。


そうして始まったのが、このサロンだった。


単なる香水や化粧品の販売所ではない。

外見を飾ることにとどまらず、身体の内側から変わりたいと願う女性たちに、健やかで美しい生き方を届けるための場所を作りたい。悩み抜いた末に、私がその想いを形にしたのが――《ラ・ベル・レジスタンス》なのだ。


もちろん、貴族社会の常識に反した私の選択に、最初は両親から激しい反対を受けると覚悟していた。婚約破棄をして開業なんて認めてくれないだろう。そう思っていた。

貴族の親であれば当然、名誉や世間体を優先し、娘に次の婚約を求めるものだ。

だが、父も母も、私の決断を咎めることはなかった。

むしろ静かに背中を押してくれ、サロンの立ち上げにも資金面で惜しみない援助をしてくれたのだ。


「お前は、その身をもって変化を示し、己の手で道を切り拓いた。

好きな道を歩みなさい、エリザベート」


父のその言葉を、私は一生忘れないだろう。


婚約破棄の一件は、翌朝には王宮中に知れ渡っていた。

“悪役令嬢が、王子の婚約を自ら破棄して去った”――

その前例のない展開は、まるで舞台劇のクライマックスのように人々の記憶に焼きついた。


「エリザベート様が“捨てられた”んじゃなくて、“捨てた”んですって?信じられない……!」


「けれど以前と比べてずっと綺麗になってる。いったい、何をしたらあんなふうに……?」


噂は噂を呼び、誇張され、美化され、やがて私は一つの象徴となった。

かつての”悪役令嬢”というレッテルは消え去り、今では“自らの手で運命を変えた令嬢”、“美の改革者”として、若い令嬢たちの憧れの的になっている。


「痩せて、美しくなりたいなんて、わたくしには許されないことだと思っていました。でも……エリザベート様を見て、考えが変わりました」


「私、自分の身体が嫌いでした。でも、“自分を誇れるようになりたい”という話を聞いて変われたと、……私も、自分を好きになりたいと思ったのです」


そんな言葉を涙ぐみながら口にする令嬢たち。

かつての私と同じように、自分に自信が持てず、誰かの価値観に縛られて生きていた彼女たちが、今この場所で自らの檻の扉を開けようとしている。


そして、このサロンには、さらなる信頼の後ろ盾がある。

王家直属の医療顧問にして、貴族子弟の健康指導でも名高い医師、カミル。彼が、サロンにおける栄養管理と製品開発の監修を務めているのだ。


その事実は、サロンの信頼性を確固たるものにした。

とりわけ、彼の妹リリィの変化は、人々に強い衝撃と希望を与えた。


かつて病弱で、容姿への強いコンプレックスから外出すら避けていたリリィ。

そんな彼女が、今ではサロンで笑顔を見せ、軽やかにステップを踏んでいる。その姿に心を動かされた令嬢たちが、次々とサロンの扉を叩くようになったのだ。


無理な断食や自己否定ではなく、栄養の整った一皿の食事。

朝のストレッチと、風に髪を揺らしながら歩く庭園でのウォーキング。

心と身体のリズムを整えることが、ほんとうの意味で彼女たちを変えていく。


――これは、ただの“ダイエット”ではない。

生き方そのものを美しくする、私なりの革命なのだ。



(公開日を間違えてしまいました…。キリがいいところまで更新します!)続きは19時10分に!

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