15話 メイクアップ
朝の陽射しがカーテン越しに差し込み、やわらかな光が部屋の空気をふんわりと照らしていた。
私は静かに椅子に腰掛け、鏡台の前に置かれた小さな木箱の蓋をそっと開ける。
そこには、自らの手で調合した化粧品たちが整然と並んでいた。私だけの、小さな秘密の宝箱。
淡く愛らしいピンクのフェイスパウダー。琥珀色に煌めく香油。薔薇の花弁のような艶を宿したリップバーム。
精緻な装飾が施されたガラス瓶や金属の容器たちが、朝の光を受けてきらきらと煌めく様子は、まるで宝石のようだった。
「お嬢様、朝のお水をお持ちしました」
そう言って現れたのは、侍女のアメリア。変わらぬ落ち着いた仕草で、銀のお盆を差し出す。その上には、白い陶器の洗面鉢と、清らかな水、柔らかなタオルがきちんと揃えられていた。
「ありがとう、アメリア。今日は、新しく配合した化粧品を試してみるの」
「カミル様と一緒に作られたものですね」
「ええ。前に話していた、ラベンダーオイルをベースにした保湿バームなの」
私は頷きながら袖をたくし上げ、洗面鉢に身を屈める。指先で水をすくい、そっと頬にあてる。冷たすぎない、やわらかな温度の水が肌に触れた瞬間、心も身体も、すうっと目覚めていくのを感じた。
「ふふ……やっぱり朝の水って気持ちいいわね」
「お嬢様、最近、表情まで柔らかくなられた気がします」
「そうかしら?」
柔らかなリネンのタオルで水気を拭き取ると、肌がぴんと引き締まり、つややかに光を弾いた。食事に気をつけ、運動を日課とし、良質な眠りと深い呼吸を重ねてきた日々の成果が、まさに肌に現れていた。
「本当に……努力って、嘘をつかないのね」
アメリアが、そっと笑った。
「ええ、お嬢様は見違えるほどお綺麗になられました」
私は鏡に向き直り、小さく息を吸い込んだ。
――さあ、メイクを始めましょう!
まずは、自作の化粧水を指に取り、頬に優しくなじませる。
とろりとした感触が、まるで肌そのものが呼吸しているかのような心地よさをもたらす。次に保湿バームをすべらせ、さらさらとしたパウダーファンデーションを刷毛でのせていく。
鏡の中に映る私は、うっすらと光を纏ったような艶やかさを湛えていた。白浮きせず、自然な明るさと透明感。まるで肌の内側から光が静かに反射しているかのよう。
「これが……私?」
うっとりと見惚れるような気持ちで、唇に指でリップバームを塗る。
ほんのり薔薇色に染まった唇が、上気した頬と相まって、鏡の中の“私”を一層華やかに見せてくれた。
「……これは、完璧ね」
「お嬢様、本当に……お美しいです」
「ええ、化粧品の開発を頑張った甲斐があったわ」
そして最後に、机の隅に置かれていた香水瓶を手に取る。
繊細な金の装飾が施されたそのガラス瓶の中には、ローズとシトラスを基調とした、爽やかで優雅な香りの液体が満ちていた。私は手首と耳の後ろ、胸元にふわりと香りの霧を纏わせる。
瞬間、空気がやわらかく花開いたように変わった。
「まあ、なんて良い香り……」
アメリアが、思わず吐息を漏らすように言った。
目を細め、わずかに頬を染めながら、その香りに心を奪われたような表情を浮かべている。
「気に入ってくれたのなら、あげる。アメリアにもきっと似合うと思うの」
私が香水瓶を差し出すと、アメリアは一瞬きょとんとしたように私の顔を見つめた。
戸惑いと喜びが入り混じったようなその目に、私は軽く頷く。
「えっ……よろしいのですか? こんなに素敵なものを……」
「もちろん!私の作った香水を、アメリアにも使ってもらえたなら嬉しいもの」
それだけじゃない。
アメリアは、ずっと私のダイエットに付き合ってくれた。気を抜けばため息ひとつつきそうな食事にも、朝の散歩にも、文句を言いながらも付き添ってくれた。だから……ほんの少しでも、感謝の気持ちを伝えたかった。
「ありがとうございます。大切に、使わせていただきます」
その声音に、真っすぐな喜びがにじんでいた。
アメリアは、まるで壊れ物を扱うかのように慎重に、両手を揃えて香水瓶を受け取る。白く細い指が、そのガラスの曲線をそっとなぞった。
香りと一緒に、心がそっとほどけていく気がした。
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