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10話 街へお出かけ

木々の葉は瑞々しく輝き、花々は太陽の祝福を受けて誇らしげに咲き誇っている。王都のメインストリートは今日も華やかで、噴水のきらめきが通りの中央に光を撒き散らし、その周囲を取り囲むように、お洒落なブティックや香水店、帽子屋、レース専門店が並んでいた。


季節はもう、春の名残を手放しつつある。代わりに、陽射しに強さが増し、服の生地も次第に軽く、鮮やかになってゆく。そんな季節の変わり目に、私は久しぶりに街へ出かけた。


「……あら、こんなにゆとりが」


歩くたびに、腰回りの生地がふわりと風に揺れる。理想にはまだ遠いけれど、ダイエットが順調に進んでいる証拠だ。

いつものドレスはもう、体に合っていなかった。サイズを詰めて誤魔化していたものの、やはり限界がある。


――だから今日は、新しい自分にふさわしい、新しい服を探しに来たのだ。


「エリザベート様、あちらのお店はいかがでしょう?夏向けのドレスが揃っているとか」


アメリアが差し出した手の先には、アイボリーの石造りに青い蔦が這う、可愛らしいブティック。窓辺には夏の風に揺れるシフォンのドレスたちが並び、通りすがりの視線を引き寄せている。


普段は屋敷に行商人を呼んで済ませていたけれど、こうして街を歩くのも悪くない。街の賑わいも風の匂いも、新鮮でどこか胸が躍る。


「ええ、行ってみましょう」


扉を押すと、チリンと爽やかな鈴の音が響き、レモンとバニラをブレンドしたような香りがふわりと漂ってきた。棚にはミントグリーンやアクアブルー、珊瑚色など、海辺を思わせる夏の色彩が揃っていて、まるで避暑地を訪れたような気分になる。


「ようこそ、レディ。夏の準備でございますか?」


「そうね。そろそろ、厚手のドレスでは汗ばむ季節だもの」


笑みを浮かべて答えると、店員が目を輝かせて布地を選び始めた。


「こちらなど、いかがでしょうか?ミストブルーの色合いが、涼しげでございますよ」


店員が持ってきたのは、透け感のある薄絹を使ったオーバードレス。胸元は控えめに開き、ウエストラインを優しくなぞるようなデザインだった。


「きれい!これ、着てみたいわ」


試着室で袖を通してみると、鏡の中に見慣れない私がいた。たおやかに落ちるシルエットに、足首が見える丈。少し照れくさいけれど、頬が自然とほころんでいた。


「お似合いです、エリザベート様。まるで湖畔の妖精のようですわ」


「ふふ、それならこのまま噴水にでも飛び込もうかしら?」


「まぁ!おやめくださいませ、皆の注目の的になってしまいますわ!」


くすくす笑いながら、次の一着に袖を通す。今度は、薄いピーチカラーに小花柄の刺繍が施されたサマードレス。ふわりと裾が広がって、店内の光を受けて軽やかに舞い上がった。


「これはどうかしら?」


「わあ、それは背中が……ちょっとセクシーですわね」


「大胆になっても良いじゃない、夏だもの!」


少女のようにはしゃぐうちに、店の奥から別の店員まで手伝いに来て、私とアメリア、三人がかりで「次はこれ!」「じゃあ次はこれ!」と試着を重ねていった。サンセットオレンジのドレスではしゃいで、エメラルドグリーンの肩出しドレスでどきりとし、リネン地の爽やかなセットアップでは大人びた自分に思わず見惚れた。


「……ふふ、まるでファッションショーみたいね」


鏡の中ではにかむ自分を見て、自然と胸の奥がじんわり温かくなる。


少し前までは、服を選ぶことがこんなにも楽しいなんて、思いもしなかった。以前は体型を隠すような布ばかりを纏い、ドレス選びは億劫な義務にすぎなかった。でも、今は――


「アメリア。今日は少しだけ、自分を好きになれた気がするわ」


「ええ、そのお気持ちこそが一番のお洒落ですわ」


ブティックを出ると、初夏の陽射しが再び頬を撫でた。買い物袋を抱えるアメリアの表情もどこか明るく、すれ違う人々の視線さえも、今日は不思議と心地よく感じられる。


「そうだわ、メイク道具も必要ね」


肌の調子がよくなってきた今、魅力を引き出す手助けをしてくれる道具が欲しかった。


「お肌の調子、すっかりよくなりましたものね」


隣を歩くアメリアが、ふわりと笑う。


「ふふ、ありがと。メイクなんて気が進まなかったけど、今ならメイクすればもっと綺麗になれる気がするの」


服を新調した次は、化粧品。向かったのは、王都の一角にある化粧品専門店だった。

店内に一歩足を踏み入れると、花々と香料が混ざり合った甘やかな香りが鼻をくすぐる。壁に整然と並ぶ色とりどりのパウダーやリップ、香油。きらびやかな瓶や小箱が美しく陳列されていて、私が視線を泳がせていると、親切そうな店員が声をかけてきた。


「お客様、そちらは今季の新作ですの。陶器のような白肌を演出するお品でして、舞踏会でも話題になっております」


「へぇ、いいわね。ところで、成分は何が使われているの?」


「鉛白でございます」


その言葉を聞いた瞬間、背中に氷を落とされたような感覚が走った。


「はい、鉛ですって?」


鉛白――前世の日本でも、大昔に白粉に使われた毒性のある鉱物。肌を白く見せるが、長く使えば肌荒れやかぶれ、さらには健康被害すら招く。

まさか、そんなものがこの世界では当然のように使われているなんて。


「他の商品にも鉛白が使われてるの?」


「ええ、多くの白粉には含まれておりますが……なにかお気に召しませんでした?」


「いえ、ありがとう」


笑顔を崩さず答えながら、私はそっとアメリアの腕を取った。


「アメリア、行きましょう」


「えっ?何もお買いにならないのですか?」


「ええ。ちょっと、気になることがあったから」


私は肌を痛めつけるようなメイクはしたくない。この世界に生きる人々が知らないだけで、もっと優しい方法はあるはずなのに。帰り道、私の心には一つの考えが浮かんでいた。


ーーだったら、作ればいいじゃない!


この世界にも、自然由来の素材が数多くある。薬草も、花も、鉱石も。王都の市場には、日本では高価だった植物がふんだんに並び、薬学院の書物には植物の効能が詳細に記されている。


私には知識がある。前世で見聞きした、自然派スキンケアの素材。グリセリン、ホホバオイル、カレンデュラ、ローズヒップ……この世界にも、似たような素材はきっと存在する。


「でも、一人では難しいかもしれないわね……」


思わずつぶやいたその瞬間、脳裏に浮かんだ顔があった。


――カミル・セルジュ。


王立薬学院を首席で卒業した青年。薬草と医療のエキスパート。あの理知的な眼差しで、私の努力を「立派だ」と言ってくれた、たった一人の人。


「……そうだわ。彼に相談してみよう」


あの人なら、笑わずに耳を傾けてくれる気がする。私の“健康に、綺麗になりたい”という願いを、真剣に受け止めてくれる気がした。



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