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36.母の記憶

 無事にペンダントを開けた後、エルマはルビーニアと遊んで過ごした。

 いつも通り、人形とお話しをしている幼子だったが、今回はその合間に何度もペンダントを開いては閉じてを繰り返している。


 最初は微笑ましく見守っていたエルマだが、そのうちふと目に入った光景に違和感を覚え、問いかける。


「ルビーニアさま。前に、ペンダントの中身はご自分だ、と仰っていましたよね?」

「うん」

「その……中に、何も入っていないように見えたのですが……?」

「そうよ。今はなにもないわ」

「……今は?」

「……前はね。ママの絵が入っていたの」


 少しバツが悪そうに目を揺らしてから、ルビーニアはひそひそ声で耳打ちしてきた。


「あのね、ないしょよ? エルマさまはきっとわかっちゃうから言うけど、他の人にはひみつにしてね。あたし……本当はママがいるの。これは元々、ママのだったのよ」

「……そうだったの。じゃあ、お母さまの絵が入っていたのね。どうして今はないの?」

「あたしがきぞくの子になるから……ママのことは、もうしゃべったらだめなの」


 前に聞いていた話やルビーニアの態度から、ペンダントが実の親から貰った物ではないかということは、薄々察しがついていた。

 幼子は再び、チャームを開き、その中をのぞき込む。銀色の面に、うすぼんやりと苺色の髪を持つ少女の顔が映った。


「あたしのかみ、めずらしい色でしょう? これ、ママと同じ色なの。だからえがなくても、こうするとね……ママがここにいるような気がするの――」


 そこで幼子は言葉を切り、大きな目を零れんばかりに見開く。


「エルマさま。どうかした? どこかいたい?」

「――え?」

「だって、ないているもの」


 指摘されて初めて、エルマは自分が涙を流していたことに気がつく。慌ててハンカチを取り出し、目元に当てる。


「や、やだ……ごめんなさい、ルビーニアさま。わたし――」


 自分でも急に気持ちが高ぶってしまったことに動揺する。


 ――子どもだけなら引き取ってもいい。かつてそう言われた母は、エルマの手を引いて逃げ出した。幼かったエルマ自身も、知らない家にいくより、母と共に在ることを望んだ。

 だがもし、あの時彼女がエルマを手放すことを選んでいたら……。


(お祖父さまは、お父さまに駆け落ちを選ばせたお母さまを憎んでいた。引き取られていたら、お母さまのことは忘れなければならなかったでしょう。でも……わたしがいなければ、馬車の事故も起こらず、お母さまは今でも生きていたかもしれない)


 寂しそうな小さな少女に重ねていたのは、知り合いではなく、過去の自分自身ではないか。

 本当に寄り添ってあげたかったのは――誰か、優しい大人に寄り添ってほしかったのは、十年ほど前のエルマ自身だったのか。

 そういった思考が、感情が、胸の辺りからぶわりとこみ上げて、なかなか収まってくれそうにない。


 ルビーニアはびっくりした顔をしていたが、ベステラを横に置き、エルマにぎゅっと抱きついてきた。


「ルビーニアさま……!?」

「ママもね。いやなお客さんが来ると、ときどきないていたわ。こうしてあげると、あったかくて落ち着く、って言ってたのよ。あんたをうんでよかった、って」


 ふわふわの巻き毛を押しつけられると、お日様の匂いがした。身じろぎされると、くすぐったい。


「エルマさまはね……少し、ママににてるの。きれいな女の人だから」


 じんわりと胸の内が熱くなる。エルマは優しく、鮮やかな苺色の髪を撫でた。


「ありがとう、ルビーニアさま」

「ううん。だって、エルマさまにはいっぱい、やさしくしてもらってるもん」


 幼子の温もりに包まれ、穏やかな時間は過ぎていった。



 ソファーの心地よさもあってか、そのまま二人でうとうとしていたらしい。メイドが呼びに来て、はっと覚醒する。

 ルビーニアはごしごし目を擦り、大きなあくびをしようとしてから、慌てて口元を押さえていた。エルマはそんな彼女の様子に微笑んでから、ふう、と一つため息を零す。


(慰めるつもりが、慰められるだなんて……わたしも本当にまだまだだわ)


 玄関から外に出ると、空はうっすらと赤みがかっている。ルビーニアがまだ幼いこともあり、晩餐前までの約束となっている。子爵親子の見送りは、エルマとスファルバーン、それに魔法伯が務めることになった。


「今日は本当にありがとうございました、エルフェミア嬢」

「こちらこそ、ルビーニアさまには本当に多くのことを教えていただいています」

「いや……そのようなことがあるはずは……」

「本当のことです。いいお嬢さまですよ、ルビーニアさまは」


 迎えの馬車はまだ来ていないようだ。子爵と言葉を交わすが、相変わらずルビーニアのことになるとどうにも反応が鈍い。エルマが親だったらもう十回ぐらい娘を褒めちぎっているのに。

 もどかしさに歯がみしていると、横でスファルバーンがおろおろしている様子が目に入ってきた。少し頭が冷えたエルマが、別れの定型句を述べるべきか、それとも寒い屋外で待たず、一度邸内に戻るか考えている時だった。


「見て! 鳥さん!」


 ルビーニアが空を指さして大声を上げる。大人達が頭上を見上げると、赤く染まりかけている空の中、白い点が動くのが見えた。

 近づくごとに、羽ばたいている翼以外に四つ足で駆けている様子が目に入ってくる。


 やがてファントマジット邸に、純白の天馬が降り立った。


「――ユーグリークさま!?」

「すごい、本物の天馬だわ!」


 エルマは天馬からひらりと舞い降りた男に、ルビーニアは天馬に向かって、同時に叫んでいた。



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