37.救出
「な、なんだ!? 見張りはどうし――」
突然の物音に、男達は振り返って身構えた。
一方、一瞬の驚きの後、はっとなったキャロリンがエルマに向かって手を伸ばそうとする。
しかし、小屋の中の誰が動くよりも早く、エルマの前に氷の壁が出現した。
それはすぐに、半球の形に変化し、彼女を優しく包み込む。
直後、小屋の壁が――いや天井が吹き飛んだ。
「んなっ――ぐえええっ!!」
男が、いや男達が悲鳴を上げた。
ある者は上から降ってきた塊の下敷きになり、ある者は強靱な後ろ足に蹴り飛ばされて飛んでいき、そしてまたある者は応戦する前に跳び蹴りを食らって地面に伸びる。
純白の天馬はふんっ! と大きく鼻を鳴らし、首を大きく上げた。
その背から飛び降り様にならず者を撃退した覆面の主人は、大股にベッドに歩み寄ってくる。
エルマは大きく目を見開き、ついでうるませた。
「――ぐりーく、さま……?」
氷の壁が消え、ユーグリークがエルマの頬に触れる。
じっと彼女を見つめ、目立つ外傷はないと悟って、ほっと息を吐き出したのが伝わってくる。
できすぎていて、もしかして状況に耐えられなくなった自分が作り出した幻なのかとも思った。
しかし、指先から伝わる彼のひんやりとした手の感触が、どうやらこれは現実らしいと伝えている。
安心したエルマの目からほろほろ涙がこぼれ落ちると、おそらく覆面の下で困った顔になったのだろう、彼が宥めるように不器用な手で撫でてくる。
「すまない……私がふがいないばかりに、こんな」
「いい、え……ちゃんと、きてくださいました。あなたはいつも、わたしを助けて、くれ、…………」
「……エルマ?」
「……もうしわけ、ございませ……安心したら、もう……」
「うん。もう大丈夫だ。誰にも君を傷つけさせない。ゆっくりおやすみ」
極度の緊張からの安堵や、おかしな煙の作用だろうか。
エルマの体からくったり力が抜け、瞼が閉じられた。
なおも彼女の顔をぎこちなく撫でていた男は、物音と愛馬の唸る声にゆっくりと振り返る。
翼を広げて威嚇するフォルトラの向こう、よろよろと女が立ち上がった。
突入の際の瓦礫を完全には避けられなかったようだが、直撃は免れたといったところだろうか。
「く、そ……なんで、あんたがここに――!?」
「さっさと仕事を終わらせて帰ってきたらあの有様だ。正直君を侮っていたよ、キャロリン=タルコーザ。もっと早く拘束しておくのだった」
「だからってこんな……到着が早すぎる! まるでいなくなったエルマの居場所がリアルタイムでわかるみたいな――」
腕を押さえたまま憎々しげに自分とエルマの間に立ち塞がる男を見つめていたキャロリンは、はっと言葉を切り、今度はドン引きする顔になった。
「……そういうことなの? あんた、頭おかしいんじゃないの!?」
「正直使う機会がないなら、それに越したことはないと思っていたよ。あれは何もなければただのアクセサリーだ。それこそ、君のような不埒者が、こんな真似をしでかさなければね」
ユーグリークは以前対峙したときよりも、更に冷ややかに答えた。
最初に別れてから、翌日エルマを発見できたこと。
雨の日に、すぐ泣いている彼女に追いつけたこと。
そして今日、屋敷の異常を悟ってフォルトラを駆けさせ、取り返しのつかないことになる前にこの場にやってくることができたこと。
これらはもちろん、偶然の幸運によるものではない。
というのも、ユーグリーク自身がその昔、彼の顔に惑った知り合いに、誘拐未遂を起こされている。
幸い何事もなくすぐ発見されたが、動揺した両親はすぐ、王国最高の宮廷魔道士に掛け合って、もともと彼に持たせていた身分証に、居場所探知機能を付与してもらった。
それが彼がエルマに最初に渡したあの指輪、というわけである。
度重なる貞操の危機にうんざりしたユーグリークは青春を自己鍛錬に捧げ、痴情のもつれに巻き込まれた場合は徹底して相手を諦めさせるように――すなわち二度と近づきたくなくなるぐらいたたきのめした。
ヴァーリスに見込まれてからは、不本意ながら彼の風除けにされ、ますます容赦がなくなっていった。
降りかかる火の粉を払い続けていれば、成人する頃には“氷冷の魔性”と一目置かれるようになり、もう指輪でわざわざ見張る必要もない。
そこで両親に返却しようとしたところ、まあせっかくだから、と逆に発信機とセットの受信機の方を手渡された。
「ほら、どんなに強くて賢い人間にも不慮の事故は起こるものだから。保険は大事だぞ? ジョルジー辺りにでも預けておいて、行方不明になった時だけ使ってくれ、とか頼んでおくといいんじゃないか」
「それにね……もし、あなたにも一緒にいて大事にしてあげたいと思う人ができたら、今度はあなたがその子の安全を確認できるようになるんじゃないかしら?」
偉大なるジェルマーヌ公爵夫妻は、慈愛の眼差しで息子を見つめ、そのようにのたまった。
が、幾分か先見の明のある人生の先輩達とて、さすがに実際の使用方法が「気になった相手(初対面)をこのまま逃したくないから無理矢理押しつけてきた」なんてことになったとは、夢にも思うまい。
彼らはこの状況を知ったら、でかした愛息子! と賞賛するのか、そんな不良息子に育てた覚えはありません! と嘆くのか。
何にせよエルマの危機に間に合ったのなら、充分な有効活用であるように思える。




