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論語を読む  作者: 三河
八佾
53/196

祭如在

・原文

祭如在。

祭神如神在。

子曰、吾不與祭、如不祭。


・書き下し文

まつることいますがごと)くす。

(かみ)(まつ)るには(かみ)(いま)すが(ごと)くす。

子曰(しいわく、(われ)(まつ)りに(あずか)らざれば、(まつ)らざるが(ごと)し。


・解釈

祖霊への祭礼は、祖先がそこに居るかのように祭る。

神様への祭礼は、祭神がそこに居るかのように祭る。

先生は言われた

『私は自分が祭りに参礼しないと、祭った気がしない』


・私言

祭りに加わらないと気が済まないとは、孔子さんは祭り大好き人間だな

まぁ今の祭りと当時の祭りは意味合いが異なるのだろうけどね



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