表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
94/107

第九十三話:豊後(ぶんご)の斜陽

安芸あきでの内諾ないだくを終えた浪紫はしは、すぐさま瀬戸内せとうちを西へと進んでいた。

 毛利隆景こばやかわ たかかげに提示した「博多はかた百五十万石」という出口戦略エグジット・ストラテジーは、まだ予約済みの権利に過ぎない。その権利を確定させるための舞台である九州は今、島津義久しまづ よしひさ率いる薩摩軍さつまぐんの圧倒的な武威の前に、既存の秩序が崩壊の危機に瀕していた。


「……大友宗麟おおとも そうりん殿からの救援依頼、これで三度目にございます。もはや一刻の猶予ゆうよもございませぬな」

 船室に入ってきたのは、小田家の譜代ふだいの重臣、菅谷政貞すがや まささだであった。


 菅谷は、小田家が常陸ひたちの弱小勢力であった頃から氏治うじはるを支え続けてきた、いわば小田家の「良心」とも呼べる男だ。浪紫が持ち込む異端の策に当初は戸惑いながらも、その結果が常に主君の笑顔に繋がることを誰よりも理解し、現場をまとめ上げてきた。


「菅谷殿、よくぞ参られた。貴殿のような叩き上げの将に、この最終局面ラストフェーズの陣頭指揮をっていただきたいと思っておりました」

「浪紫殿にそう言われると、背筋が伸びる思いだ。……して、この九州、どう動く? 敵は『釣り野伏つりのぶせ』なる、死をも恐れぬ戦術を繰り出す島津ぞ」

 浪紫は眼鏡のブリッジを押し上げ、九州の地図を見据えた。


(……大友を単純に救済するだけでは、九州の構造改革イノベーションは起きない。大友家は組織として既に壊死えししている。だが、博多という物流の要衝ようしょうを島津に独占モノポリーさせるわけにはいかない)


源鉄斎げんてっさい殿、菅谷殿。大友への救援は行います。ただし、これは単なる援軍ではない。小田家による『経営再建』です。大友家には、博多を含む北部九州の支配権を、一旦すべて小田家へ委託いたくしてもらいます」

「な……! 助ける代わりに、看板を下ろせと申されるか!」

 軍師の源鉄斎が驚きに目を見開く。

「ええ。今の宗麟殿に博多を守る能力リソースはありません。小田が博多を『不可侵の聖域』として定義し、毛利の水軍と小田の圧倒的な資金力で守る。そうすることで、島津は『大友』という弱者ではなく、『小田・毛利』という巨大な壁と向き合うことになるのです」

 浪紫は、船の窓から見え始めた九州の山影を睨み据えた。


「菅谷殿には、上陸後の兵站へいたんの総責任者をお願いしたい。昌幸まさゆき殿たちが薩摩の内部を揺さぶる間に、我々は博多という『市場マーケット』を物理的に包囲し、九州の物流を完全に掌握します。島津がどれほど強くとも、矢弾やだまが届かず、食糧めしが尽きれば、交渉の席に着かざるを得ない」

「承知した。我ら譜代ふだいの意地、とくと見せてくれよう」

 菅谷の力強い言葉に、浪紫は微かに頷いた。


(……島津、大友、龍造寺りゅうぞうじ。この三つ巴の戦いを終わらせ、最後にこの九州の土の上に、氏治様の掲げる『泰平』を打ち立てる。……それが、私のコンサルタントとしての、最後の仕事ジョブだ)


 小田軍の先遣隊が、豊後ぶんごの土を踏む。

 それは、中世の武士の意地と、浪紫が持ち込む近代的な秩序が衝突する、九州征伐の幕開けであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ