第九十三話:豊後(ぶんご)の斜陽
安芸での内諾を終えた浪紫は、すぐさま瀬戸内を西へと進んでいた。
毛利隆景に提示した「博多百五十万石」という出口戦略は、まだ予約済みの権利に過ぎない。その権利を確定させるための舞台である九州は今、島津義久率いる薩摩軍の圧倒的な武威の前に、既存の秩序が崩壊の危機に瀕していた。
「……大友宗麟殿からの救援依頼、これで三度目にございます。もはや一刻の猶予もございませぬな」
船室に入ってきたのは、小田家の譜代の重臣、菅谷政貞であった。
菅谷は、小田家が常陸の弱小勢力であった頃から氏治を支え続けてきた、いわば小田家の「良心」とも呼べる男だ。浪紫が持ち込む異端の策に当初は戸惑いながらも、その結果が常に主君の笑顔に繋がることを誰よりも理解し、現場をまとめ上げてきた。
「菅谷殿、よくぞ参られた。貴殿のような叩き上げの将に、この最終局面の陣頭指揮を執っていただきたいと思っておりました」
「浪紫殿にそう言われると、背筋が伸びる思いだ。……して、この九州、どう動く? 敵は『釣り野伏』なる、死をも恐れぬ戦術を繰り出す島津ぞ」
浪紫は眼鏡のブリッジを押し上げ、九州の地図を見据えた。
(……大友を単純に救済するだけでは、九州の構造改革は起きない。大友家は組織として既に壊死している。だが、博多という物流の要衝を島津に独占させるわけにはいかない)
「源鉄斎殿、菅谷殿。大友への救援は行います。ただし、これは単なる援軍ではない。小田家による『経営再建』です。大友家には、博多を含む北部九州の支配権を、一旦すべて小田家へ委託してもらいます」
「な……! 助ける代わりに、看板を下ろせと申されるか!」
軍師の源鉄斎が驚きに目を見開く。
「ええ。今の宗麟殿に博多を守る能力はありません。小田が博多を『不可侵の聖域』として定義し、毛利の水軍と小田の圧倒的な資金力で守る。そうすることで、島津は『大友』という弱者ではなく、『小田・毛利』という巨大な壁と向き合うことになるのです」
浪紫は、船の窓から見え始めた九州の山影を睨み据えた。
「菅谷殿には、上陸後の兵站の総責任者をお願いしたい。昌幸殿たちが薩摩の内部を揺さぶる間に、我々は博多という『市場』を物理的に包囲し、九州の物流を完全に掌握します。島津がどれほど強くとも、矢弾が届かず、食糧が尽きれば、交渉の席に着かざるを得ない」
「承知した。我ら譜代の意地、とくと見せてくれよう」
菅谷の力強い言葉に、浪紫は微かに頷いた。
(……島津、大友、龍造寺。この三つ巴の戦いを終わらせ、最後にこの九州の土の上に、氏治様の掲げる『泰平』を打ち立てる。……それが、私のコンサルタントとしての、最後の仕事だ)
小田軍の先遣隊が、豊後の土を踏む。
それは、中世の武士の意地と、浪紫が持ち込む近代的な秩序が衝突する、九州征伐の幕開けであった。




