第八十八話:新秩序「天下総代」の衝撃
浪紫は、二条城の奥深くで筆を走らせていた。
目の前の書面には、新たな統治システムの図解が描かれている。
(……『幕府』という言葉は、本来は陣中の幕舎を指す。つまり戦争が前提のシステムだ。これからの日本に必要なのは、平時を維持するための高度な行政機構なんだ。ならば、征夷大将軍という古臭いタイトルは破棄する)
浪紫が氏治に冠した新たな称号、それは「天下総代」。
天子より日の本の静謐を一切合切委ねられた「万民の代弁者」であり、国家の安寧を司る最高責任者(CEO)という位置づけである。
(……このシステムを稼働させるには、まず圧倒的な情報の優位が必要だ。西国がこの新体制をどう受け止めるか、市場調査が必要だな⋯⋯)
小田家から全国へ向け、「天下総代」の就任と新法度の書状が届けられた。その報を受けた西国の巨頭たちは、激震に見舞われた。
毛利家では⋯
「……征夷大将軍ではないだと? 『天下総代』……。小田は武士の頂点に立つのではなく、天子様の御心を体現する柱になると申すか」
隆景は書状を握りしめ、険しい表情を浮かべた。
「これは単なる力自慢ではない。我ら西国大名が、足利家への忠義を盾に結束する道を根こそぎ奪われたのだ。小田に弓を引くことは、天子様が願われた『静謐』を乱す朝敵になることを意味する……。浪紫という男、付け入る隙のない理屈を組み立ててきたものよ」
四国の長宗我部元親は⋯
「ふん、面白い。幕府という看板を掛け替えたか。だが、その中身が伴わねば四国の荒波は静まらんぞ。小田の優しさが本物か、それともただのまやかしの触れ込みか、土佐の海から見極めてやろう」
九州の島津義久は⋯
「天子様が自ら世の安寧を命じられたというのか……。もしそれが真実ならば、我らが薩摩の誇りをかけて戦うべき相手はどこにおるのだ。……小田、底の知れぬ連中よ」
と、それぞれが警戒感をあらわにして今後の小田の動向を注視していた。
浪紫は、武力による殲滅ではなく、「物流の掌握と情報の分断」による西国攻略を企図していた。
(……西国は海運の要所だ。毛利の水軍、村上の海峡関、そして九州の南蛮貿易。これらを武力で潰せば、日本全体の国力が削がれる。狙うべきはサプライチェーンの掌握だ)
「源鉄斎殿。まずは瀬戸内の制海権を『海路の検閲』という名目で押さえます。そして、毛利家に対しては『三本の矢』の結束を、内側からの利害対立で分離させてやる」
浪紫の目は、すでに九州のさらに先、南蛮勢力が蠢く大海原までも見据えていた。




