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第八十四話:聖域のデコンストラクション

九条が絶命し、静寂が戻った書院に、震えながら立ち尽くす男がいた。

石山本願寺門主、顕如である。

「……九条、殿……? なぜだ、仏敵を討ち、この世に極楽浄土を現出させるのではなかったのか……」

呆然と呟く顕如の前に、浪紫はゆっくりと歩み寄る。その手には、まだ熱を帯びた懐鉄砲ふところでっぽうが握られている。


「顕如上人。あなたが信じた九条の計略は、最初から破綻していました。彼は仏の教えを広めるためではなく、ただ自身の支配欲を満たすために、門徒の命を数としてしか見ていなかった。あいつにとって、この世の人間は動かすための駒に過ぎない」

「黙れ! 門徒の死は往生、極楽への道だ! それを否定するお前こそが……!」

「――では、門徒たちの流す血で、仏の顔が汚れているのが見えませんか」

浪紫の声が、鋭く、低く響く。


「現在、石山は外部からの補給を断たれ、内部では九条があおった不信感により門徒同士が殺し合っている。これは浄土ですか? 否、九条が作り上げたのは、信仰をかてにして燃え続けるだけの地獄の釜だ」


浪紫は、懐から一通の書状を取り出した。それは九条が秘密裏に進めていた、門徒の命を道具のように扱う冷酷な差配さはいの記録だ。

「上人、あなたにM&A(組織再編)の提案がある」

「えむ……あんど……?」

「本願寺から『武力』という重荷を切り離しなさい。鉄砲を捨て、領地への野心を捨て、ただ民の魂を救うだけの存在に戻るのです。それが、今この瞬間も泥の中で死んでいく門徒たちに対する、唯一の誠意というものだ」

「……武力を捨てれば、我らは他国に踏みにじられるだけだ」


「そのための小田家です。本願寺が純粋な祈りの場となるならば、小田家はその聖域を保護する盾となる。他者のように屈服を強いるのではない。互いの役割を分かつ共存の道です」

浪紫の言葉は、冷徹な理屈のようでありながら、どこか救いを求める顕如の心を透かしていた。九条の「偽りの知略」に疲れ果てていた顕如にとって、それは、重すぎる荷を下ろしても良いという、救いのように聞こえた。


「……私が、本願寺を仏の道のみに専念させると……?」

「そうです。世俗の争いから解放され、あなたはただ、民に寄り添えばいい。それこそが、本来のあなたが望んでいた本願寺の姿ではないのですか」

顕如は、血に染まった九条の死体と、浪紫の揺るぎない瞳を見比べた。やがて、その膝ががっくりと床に落ちる。

「……私の、負けだ。……いや、仏の教えを汚していたのは、私自身であったか……」

こうして、戦国史上最大とも言われた宗教武装集団は、一人の男の手によって、その牙を抜かれ、純粋な精神的支柱へと姿を変えることとなった。

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