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第六十五話:剛弓(ごうきゅう)の咆哮と静かなる毒

雑賀衆の敗報は、即座に安芸の毛利家へと届いた。

 瀬戸内の制海権を握る毛利にとって、雑賀の弾薬不足は他人事ではない。小田による「市場独占」がさらに進めば、自慢の村上水軍むらかみすいぐんすら釘付けにされる。


「……小田の軍師とやらは、戦の作法を解らぬと見える。武士の誇りを算盤そろばんで弾くような真似、この元春が許しはせぬ」

 毛利家随一の猛将、吉川元春きっかわ もとはるが動いた。彼は、浪紫が整備を進める備前びぜんの港湾施設に対し、圧倒的な武力による「物理的な粉砕」を決定した。


(……やはり、吉川元春が出てきたか。あの男は理論や理屈ロジックを『パワー』で上書きしてくるタイプだ。経済的な嫌がらせを続けるには、あいつの突撃を一度は正面から受け止める壁が必要になる)

 浪紫は、前線にいる菅谷政貞すがや まささだに増援を送ると同時に、ある「奇妙な防壁」を現地へ輸送させた。それは、石山本願寺から買い占めた「大量の経典きょうてん」であった。


 一方、武力で押す毛利の動きとは対照的に、石山本願寺は「内側」からの侵食を開始していた。

 京の町。そして小田の陣中。

 どこからともなく現れた勧進聖かんじんひじりたちが、小田の足軽や家臣たちに囁き始める。

「小田の軍師は、仏敵ぶつてきなり。彼に従えば、たとえ戦に勝とうとも、魂は地獄へ落ちるであろう……」

 浪紫の進める合理的な改革は、確かに民の腹を肥やす。だが、同時に「古き慣習」や「信仰」という心の拠り所を土足で踏み荒らす側面も持っていた。その心の隙間に、石山のプロパガンダが染み込んでいく。

「……浪紫殿、兵たちの様子が妙ですな」

 源鉄斎げんてつさいが、曇った表情で報告する。

「炊き出しの際、石山の坊主から貰ったという数珠じゅずを握りしめている者が増えております。このままでは、肝心な時に槍が鈍りかねませんぞ」

(……精神的な『ハッキング』か。人の不安を『増幅ブースト』させて組織を内部崩壊させる……。なるほど、これこそが信長公をも苦しめた本願寺の真骨頂というわけだ)


 浪紫は、懐から一枚の書状を取り出した。それは、氏治うじはるが自ら筆を執った「小田家独自の供養文」であった。

「源鉄斎殿、彼らが『地獄』を恐れるなら、我々は『この地を極楽』に書き換えるまで。氏治様にしかできない『究極の人心掌握術ロイヤリティ・プログラム』を発動します」

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