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第六十四話:鉄砲の雨と算盤(そろばん)の盾

瀬戸内の海路を封鎖した毛利家と、それに呼応した紀伊の雑賀さいか衆。彼らは小田の物流の要衝である「堺」の周辺を脅かし始めていた。

「報告! 雑賀の傭兵集団が、小田の米蔵を狙って上陸を開始。守備隊は数で勝るものの、敵の火縄銃による狙撃に翻弄され、足止めを食らっております!」

 本陣に飛び込んできた伝令の叫びに、天羽源鉄斎あもうげんてつさいが地図を睨む。

「雑賀か……。あやつらは一兵一卒いっぺいいっそつが凄腕の狙撃手。まともにぶつかれば、こちらの将がいくらいても足りぬ。浪紫殿、いかがされる?」

 浪紫はしは、手元の帳面から目を上げ、冷静に口を開いた。

「源鉄斎殿、慌てる必要はありません。雑賀の強みは『個の技量』と『弾薬の豊富さ』にあります。ならば、その前提を崩せばいい」

(……雑賀衆のオペレーションは、圧倒的な手数で敵の指揮系統を麻痺させること。だが、彼らは気づいていない。彼らが撃ちまくっているその硝石しょうせきが、すでに市場から消えかけていることに)

「源鉄斎殿、全軍に通達。敵の挑発には乗らず、厚い盾を並べて防戦に徹しなさい。ただし、盾の裏には砂袋を仕込み、敵の弾丸を可能な限り回収するのです」

「……なるほど。撃たせて弾を枯渇させるか。干殺ひごろしならぬ『弾殺し』というわけですな」


 三日三晩、雑賀衆の猛攻を耐え抜いた頃、浪紫の読み通り敵の銃声が目に見えて衰えた。弾薬の補給が途絶えたのである。

「源鉄斎殿、仕掛け時です。……菅谷殿を」

「心得た。……政貞! 待たせたな、出陣せよ!」

 本陣の陰で、逸る馬を抑えていた菅谷政貞すがや まささだが、その猛々しい声を響かせた。

「ようやくか! 全軍、続けッ! 弾の切れぬ鉄砲など、ただの棒切れに過ぎぬわ!」

 菅谷政貞率いる小田の精鋭騎馬隊が、土煙を上げて打って出る。

 銃という飛び道具を封じられた雑賀衆に対し、政貞の繰り出す剛槍が戦国の風を切り裂く。

「雑賀の猛者どもよ、よく聞け! 仏法を語りながら欲に溺れた報い、この菅谷政貞が受けて立つ!」

 その苛烈な突撃は、まさに戦国武将の矜持。浪紫が仕組みで整えた勝機を、政貞が武勇で一気に刈り取る。浪紫は眼鏡の奥で、その鮮やかなまでの「武」の爆発を静かに見つめていた。


その頃、石山では

 雑賀の敗報を聞いた顕如けんにょは、その背後にいる浪紫の「市場操作」に戦慄した。

「……武力を支える『もと』を断つか。小田の軍師、これほどまでに執着しゅうじゃくするものか」

(……武で勝てても、人の心、すなわちロイヤリティまでは完全に管理できない。次は内側からの崩壊を狙ってくるはずだ)

 浪紫は、返り血を浴びて戻ってきた政貞を労いつつ、すでに次なる「目に見えぬ戦い」――石山が仕掛ける内通者の存在に思考を巡らせていた。

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