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第六十三話:連鎖する拒絶(リアクション)

京の二条御所。浪紫はしが提示した新秩序は、諸国の既得権益を激しく揺さぶっていた。

 まず動いたのは、旧幕府奉公衆ほうこうしゅうである。彼らは「山崎の聖域」を実質的な監禁と断じ、各地の守護代を煽って物流の妨害を開始した。

「……浪紫殿、奉公衆の連中が浪人を雇い、物資の運送を妨害しておりますな。力で排除いたしますか?」

 源鉄斎げんてつさいの問いに、浪紫は地図から目を離さずに答える。

「いえ。彼らは権威という名の『過去の遺産レガシー』にすがるしかない亡霊です。こちらが軍を出せば『小田の暴虐』と宣伝されるだけだ。源鉄斎殿、京の町衆に自治権と警護を委ねなさい。自分たちの生活を壊す余所者を、町衆自身の手で排除させるのです」


 一方、西国の毛利家も即座に反応した。小田による瀬戸内の規格化を阻止すべく、村上水軍を動員して「海上の検問」を強化。事実上の経済封鎖を断行した。

(……毛利元就もとなり亡き後も、その組織力は健在か。こちらの『サプライチェーン』を止めて、交渉のテーブルに着かせるつもりだろう。だが、彼らもまた経済という『システム』からは逃れられない)


 そんな中、石山本願寺から、氏治うじはるのもとへ一通の書状と豪華な献上物が届いた。表向きは「京への入城を祝う」ものだが、その実、小田家の内情を測るための揺さぶりである。

 それを受け取った氏治は、以前のような無邪気な喜びは見せなかった。彼は届けられた銘菓を一口食べると、使者に対し、静かだが部屋の空気を凍らせるような重みのある声で告げた。

「……顕如上人の配慮、痛み入る。だが、この菓子の甘さは、門徒たちの血と涙の味がするな」

 使者が顔を伏せ、震え上がる。氏治は微笑んでいた。だが、その瞳には数多の落城と流浪を経験してきた戦国大名としての、鋭い光が宿っている。


「浪紫。本願寺は、私が『お人好し』だから、これを与えておけば大人しくなると踏んだようだ。だが、私は民が飢える天下を望まぬ。仏法を盾に商いを縛り、民の口に入るべき米を奪うのなら……私は喜んで、仏に背く鬼となろう」

 浪紫は思わず、持っていた筆を止めた。

(……計算外だ。この人は、優しすぎて崩壊しているんじゃない。すべてを許した上で、自分の理想ビジョンを邪魔する者には、一切の容赦オーバーライドをしない『統治者の狂気』を秘めている)

 氏治は使者に菓子を突き返すと、浪紫を振り返った。

「浪紫、やりなさい。石山の聖域を壊すのではない。あそこにあるのが『偽りの救い』だと、民が自ら気づくような、新しい世を。私はそのための泥を、すべて被る覚悟だ」


 小田氏治という男の本質。それは、家臣や領民に愛される「お人好し」でありながら、その裏側に、誰よりも苛烈な「平和への意志」を秘めた怪物であった。

 浪紫は深くこうべを垂れた。

「……御意。この浪紫、殿の描く理想を、地上のロジックへと翻訳してみせましょう」

 石山の顕如は、返された菓子と共に届けられた氏治の短い一筆――「民の腹、満たさずして何の仏か」という言葉を見て、戦慄した。小田の軍師以上に、その主君が持つ「異常なまでの純粋さ」こそが、本願寺にとって最大の脅威になると確信したのである。

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