第六十一話:古き権威、新しき定義(アップデート)
京に入った小田軍は、二条御所にて足利義昭と対面した。
義昭は、信長という重石が取れた解放感からか、以前にも増して尊大に振る舞い、氏治を自らの「手駒」として扱う気満々であった。
「小田氏治! 汝に副将軍の座を許そう。これより余の命に従い、各地の不届きな大名を成敗し、幕府の威光を天下に示せッ!」
氏治が戸惑う中、浪紫が眼鏡を光らせ、静かに割って入った。
「上様。そのお志、感服いたしました。ですが、今さら『副将軍』などという古臭い枠組みでは、上様の真の器を活かしきれません。我らは上様に、天下のすべての情報の要となる、『総裁府』の長となっていただきたいのです」
「……そうさいふ? 何だ、それは」
「全国から集まる訴状、論功行賞の申請、そして領土紛争の裁定……そのすべての『最終決済権』を上様に委ねるのです。これこそ、幕府が本来持つべき、絶対的な審判者としての権力ではありませんか?」
義昭の目が輝いた。自分がすべての訴訟の「最終的なハンコ」を握る――それは権力欲の強い彼にとって、至高の快楽に見えた。
だが、これは浪紫が仕掛けた「知略の迷宮」であった。
(……上様には、全国から集まる膨大な、そして難解極まる書類の山をすべて(プロセス)処理してもらう。ただし、その前段階で、俺たちが『事実関係の整理』という名目で情報を完全にコントロールする。上様は自分の意志で裁定を下しているつもりだろうが、提示される選択肢は、すべて俺たちが設計した(アルゴリズム)最適解の中にしかない)
さらに浪紫は、追い打ちをかけるように提案した。
「つきましては、その公務に専念していただくため、上様には京の喧騒を離れ、清流の美しい『山崎』に新設する、堅牢かつ豪華な総裁府にお移り願いたい。そこは天下で唯一、上様の判子なしには風一つ吹かぬ、聖域となるでしょう」
浪紫の狙いは、義昭を情報の洪水の中に「幽閉」しつつ、自尊心を(サティスファイ)満足させることにある。忙殺される日々の中で、彼は自分が「天下を動かしている」という錯覚に溺れ、物理的な軍事指揮権や外交権から完全に切り離されることになる。
「山崎の聖域か……。よい。浪紫、汝は信長より遥かに余を解っておるな!」
義昭は満足げに笑った。
古き幕府というOSを、実務の中に閉じ込めて「フリーズ」させる。浪紫の冷徹な、だが誰も傷つけない権力解体術であった。




