第五十七話:慈悲の光、魔王の問い
血煙と怒号が渦巻く最前線。そこに、場違いなほどの静寂を纏った一団が現れた。
中心に立つのは、小田氏治。最新の防弾繊維を編み込んだ白き陣羽織を翻し、彼は抜刀すらさず、狂気と化した戦場へ歩みを進める。
「……引き金を引くのを、止めてはくれぬか」
氏治の声は、浪紫が仕掛けた拡声装置によって、爆音を突き抜けて兵たちの鼓膜に届いた。
突撃せんとしていた織田の足軽たちが、そのあまりに澄んだ瞳に毒気を抜かれ、思わず足を止める。
「な、何を……!? どけッ、小田氏治! その首、この柴田権六が貰い受ける!」
勝家が血に染まった槍を突き出す。だが、その槍先を遮ったのは、菅谷政貞の太刀ではなく、氏治自身の「沈黙」であった。
氏治は逃げも隠しもせず、勝家の槍の前に立った。
「柴田殿。貴公の忠義は、この返り血を浴びた姿が何よりも雄弁に物語っている。……だが、貴公が守りたい織田の天下に、この兵たちの涙は必要なのか?」
「黙れ……黙れッ! 我らは、信長様という光を追うておるのだ!」
勝家の腕が、初めて小刻みに震えた。浪紫が分析する勝家の(バイタル)精神状態は、極度の混乱を示している。
一方、本陣でそれを見守る浪紫の横に、真田昌幸が音もなく現れた。
「浪紫殿。……あの御仁は、本物の阿呆か、さもなくば神仏の類ですな。我ら真田が一生をかけても辿り着けぬ『無欲』という名の最強の戦法よ」
(……昌幸殿、その通りだ。氏治様という(ユーザー)存在は、既存の戦国という(システム)仕組みを根底から無効化してしまう)
浪紫はゴーグルを外し、その視線を遠く安土の本陣――信長へと向けた。
信長は、椅子から立ち上がり、手にした扇をゆっくりと広げた。
「……面白い。氏治、貴様は『情』で余の家臣を絡め取りに来たか。浪紫、それが貴様の描いた最後の(シナリオ)結末か?」
信長は腰の刀を抜き、自ら馬に跨った。
「サル、キンカン、権六! どけッ! その阿呆の相手は、余が直々にいたす!」
魔王の出陣。
織田軍の全将兵が道を開け、黒きマントを翻した信長が、氏治と浪紫の待つ中央へと疾走する。
ついに、二つの時代の「理」が、一点で交差しようとしていた。




