第五十六話:黄昏の総力戦、忠義の連鎖
「全軍、突撃ッ! 一歩も引くな、これよりは魂の競り合いよ!」
羽柴秀吉の叫びが、夕闇の尾張に響き渡った。
知略を尽くした砲撃戦は終わり、戦場は数万の人間が入り乱れる大乱戦へと変貌を遂げた。
中央では、柴田勝家が鬼神の如き強さを見せていた。
「小田の軍師よ! 盾を並べ、策を弄して勝った気になるなッ! 武士の本義、その目に焼き付けよ!」
勝家の大槍が、小田軍の頑強な防盾を次々と叩き割り、菅谷政貞の守備隊を押し込んでいく。
「ぐっ……なんという膂力! だが、ここで退けば小田の名が廃る! 者共、一歩も退くなッ!」
政貞は血を吐きながらも、愛刀を振るい、勝家の猛攻を正面から受け止める。これぞ小田家古参の意地であった。
一方、右翼では真田昌幸・幸村親子が、秀吉の波状攻撃を「千鳥の陣」でいなしていた。
「父上、あの猿(秀吉)め、兵の使い方が実に巧妙ですな。こちらの隙を突く(エラー)予測が、一瞬たりとも気が抜けませぬ」
「ふむ、弁丸よ。あれが信長の懐刀よ。されど、どれほど兵を動かそうと、人の心には(バグ)狂いが生じる。そこを突くのだ」
昌幸の指示で、真田の兵が闇に紛れて織田軍の背後へと回り込み、松明を一斉に掲げた。
「伏兵か!?」「囲まれたぞ!」
動揺する秀吉軍。しかし、秀吉は即座にそれを「虚報」と見抜き、自ら馬を走らせて兵を鼓舞する。
「動じるな! 真田のハッタリよ! 信長様が見ておられるぞ、手柄を立てたい者は付いて参れ!」
本陣の浪紫は、ゴーグル越しに戦場の(トラフィック)混雑状況を必死に処理していた。
(勝家殿の突破力がこちらの許容値を超え始めている。秀吉殿も、真田殿の策を力技でねじ伏せに来たか。……織田の家臣団、なんて層の厚さだ。信長という太陽に照らされた彼らは、一人一人が独立した最強の(プロセッサ)演算機として動いている……!)
浪紫の額を汗が伝う。
合理性では勝てない。効率化では測れない。これが、信長が築き上げた「織田家」という最強の組織の正体であった。
その時、本陣に控えていた小田氏治が、静かに立ち上がった。
「浪紫。私も、前へ出る。彼らの叫びが、怒りが、この胸に痛いほど届くのだ。私は彼らを殺したいのではない。抱きしめたいのだ」
「殿……! 今出るのはあまりに危険域です!」
止める浪紫を、氏治は穏やかな、だが拒絶を許さぬ瞳で見つめた。
(……この人こそが、俺の計算の外にある、唯一の希望だ)
浪紫は、通信用の信号旗を掲げた。
「……分かりました。ならば、殿の『慈悲』を、最も効果的な(インパクト)形で戦場に叩きつけましょう。全軍、最終形態へ移行! 氏治様をお通ししろ!」
混戦の極致、ついに小田氏治が最前線へと姿を現す。
その光景に、信長の瞳が初めて細められた。




