第五十話:尾張に響く鉄の怒号
民衆という盾が解け、剥き出しになった両軍の間に、刺すような緊張が走った。
氏治の「慈悲」という名の防波堤は民衆を救ったが、同時に、柴田勝家率いる織田の精鋭たちとの間にあった「緩衝地帯」をも消し去ったのである。
「……源鉄斎殿、ここからは(ロジック)理屈も(プレゼン)説得も通用しません。相手は『武』という名の純粋な暴力です」
浪紫は眼鏡を外し、懐から取り出した特殊な防塵眼鏡に付け替えた。
「心得た。……全軍、武器を手に取れ! 殿を守り抜くぞ!」
源鉄斎の号令と共に、小田軍は瞬時に「不戦の陣」から、幾重にも重なる「要塞陣形」へと変貌を遂げた。
その時、対岸の丘を埋め尽くす織田軍から、地を裂くような号令が響いた。
「織田の武威を、小田の小癪な策士に刻み込め! 突き進め――ッ!」
柴田勝家(権六)が愛槍を掲げ、先陣を切る。
同時に、信長が用意した「新型斉射砲」が火を噴いた。
それは従来の火縄銃とは一線を画す、国友の職人が浪紫の連射大筒を徹底的に分析・模倣し、さらに「破壊力」のみを極限まで高めた巨大な鉄筒であった。
――轟音。
小田軍の最前線に、巨大な爆炎が上がる。
「……っ、射程も威力も想定以上か! 信長殿、こちらの技術を(リバースエンジニアリング)解析して、さらに過剰な出力を乗せてきたか!」
爆煙の中から、咆哮と共に柴田勝家の騎馬隊が突っ込んでくる。
小田軍の連射大筒が火を噴き、突進する騎馬を薙ぎ払うが、織田軍は怯まない。死にゆく兵が盾となり、後続がさらに加速して距離を詰めてくる。
「サル! もたつくな、横腹を食い破れ!」
本陣からの信長の命を受け、羽柴秀吉の別働隊が、泥濘を物ともせず凄まじい速度で小田軍の右翼を強襲した。
「源鉄斎殿、右の(パラメーター)数値が危険域です! 第三、第五大筒隊を右へ旋回! 弾幕を維持しろ!」
浪紫は、手元の通信機(信号旗と狼煙を組み合わせた伝達系)を駆使し、戦場の情報を処理していく。
だが、織田軍の攻撃は、浪紫がこれまで戦ってきたどの敵よりも「組織的」かつ「機能的」であった。兵の一人一人が、信長という巨大な脳の一部として動き、小田軍の隙を執拗に突き続けてくる。
「これが……天下の織田か!」
源鉄斎が斬りかかってくる敵兵を叩き伏せ、吐き捨てる。
戦場は、もはや知恵比べの範疇を超え、互いの魂を削り合う大乱戦へと発展した。
浪紫の脳裏に、かつてない高揚と、そして冷徹な予感が走る。
(……信長殿。あんたは、俺が持ち込んだ『未来』さえも、自分の糧にして進化してやがる。だが、進化の代償は、あんた自身の『終わり』を早めることだ!)
尾張の地を赤く染める夕刻。
両雄の激突は、いよいよ最高潮に達しようとしていた。




