第四十九話:虚妄の銃弾
一発の鋭い銃声が、静寂を切り裂いた。
狙いは正確だった。一揆勢の背後に潜んだ織田の工作兵が放った弾丸は、小田軍の中心、床几に座る氏治の胸元を正確に捉えていた。
「殿!」
源鉄斎が叫ぶより早く、浪紫の手が動いていた。
浪紫の指示で氏治の前に配置されていた、最新の防弾繊維を組み込んだ薄型防盾が、鈍い音を立てて弾丸を弾き飛ばす。
氏治は無傷。だが、問題はそこではなかった。
「……撃ったぞ! 小田が民に向けて撃ったぞ!」
一揆勢の中に紛れた織田の工作兵たちが、一斉に叫び声を上げた。信長の狙いは、この「偽のきっかけ」によって民衆の怒りを爆発させ、小田軍を血の海に引きずり込むことにある。
「おのれ、卑劣な……!」
源鉄斎が刀を抜こうとするのを、浪紫が片手で制した。
「待ってください、源鉄斎殿。今抜けば、信長殿の(ビジネスモデル)描いた図式通りになる。……殿、今です!」
浪紫の声に応え、氏治が静かに立ち上がった。彼は弾丸が飛んできた方向、すなわち怒り狂う民衆の方へと、あえて一歩踏み出したのである。
「皆、落ち着いてくれ! 私は、誰も傷つけたくない。この弾丸も、私を殺すためのものであっても、私は誰も恨まない!」
氏治の声は、不思議なほどに戦場に響き渡った。
最新の音響増幅装置(拡声器)を、浪紫が密かに氏治の鎧に仕込んでいたのだ。
(……信長殿。あんたが情報を汚染するなら、俺は『ライブ感』で上書きする。録音された過去の噂よりも、今目の前で起きている奇跡の方が、人の心は動く!)
氏治は、自分の防具を一つずつ外し、地面に置いた。
「ほら、見てくれ。私は丸腰だ。もし私が皆を殺すという噂が本当なら、今ここで私を討てば良い。だが、私はただ、皆と笑って暮らせる日が来ることを願っているだけなのだ!」
民衆の動きが止まった。
彼らが握る竹槍が、小刻みに震えている。自分たちが「魔王」と恐れていた相手が、実は自分たちよりも遥かに優しく、そして自分たちの命を誰よりも慈しんでいる。その「現実」が、信長の植え付けた「虚妄」を、内側から食い破り始めていた。
その光景を、織田軍本陣から眺めていた信長の瞳に、冷たい炎が宿った。
「……ほう。余の弾丸を、聖者の説法に変えたか。サル、見たか。あれが浪紫の『再定義』だ」
秀吉は、額に脂汗を浮かべながら応えた。
「はっ……。民衆の心が、信長様から離れていくのが分かりまする。ありゃあ、もはや戦ではございませぬ。教えにございますな」
「キンカン。一揆勢を下がらせよ。このままでは奴らに背後を突かれかねん。……権六(勝家)! 奴らの『奇跡』を、鉄と血の『現実』で塗り潰せ! 突撃だ!」
信長は、ついに隠し持っていた切り札――国友の職人たちに作らせた、三段構えを凌駕する「新型斉射砲」の投入を決断した。
民衆という盾を失った戦場に、織田軍の真の武力が、荒れ狂う嵐となって襲いかかろうとしていた。




