第三十九話:黄金(おうごん)の楔(くさび)
三河の空気が、じわじわと変質し始めていた。
小田軍が設置した「救済所」には、連日、困窮した農民や、質の良い塩を求める商人が詰めかけていた。彼らの手には、将軍・足利義昭公の紋が入った「お救い札」が握られている。
「……浪紫殿。徳川領内、浜松の評定は荒れに荒れているようですぞ」
本陣を訪れた源鉄斎が、愉快そうに報告した。
「酒井忠次ら宿老たちは、『小田の施しを禁ずべし』と主張しているようだが、それをやれば領民の反発は必至。かといって認めれば、領内の民の心はすべて殿(氏治)に持っていかれる……。まさに、進むも引くも地獄よ」
浪紫は、手元の帳面――三河の人口推計と物資の流入量を記した図表から顔を上げた。
「徳川殿は、論理で動くお方です。であれば、感情的な反発を誘うよりも、回避不能な『現実』を突きつけるのが最も効率的だ」
そこへ、小田氏治がひょっこりと顔を出した。
「浪紫、三河の民たちが『小田様は仏の使いだ』と喜んでいると聞いたぞ。戦をせずに済むなら、それが一番だが……家康殿は怒っていないだろうか?」
氏治の純粋な懸念に、浪紫は微苦笑を浮かべた。
「殿のその『慈悲』こそが、今、徳川軍の矛先を鈍らせている最大の武器にございます。殿が笑っておられるだけで、三河武士たちは『この人を斬って良いのか』と自問自答することになるのですから」
(……トップのキャラクターが『善』であることは、時にどんな堅牢なファイアウォール(防壁)よりも突破が難しい。家康も、この『お人好しの包囲網』には手を焼いているはずだ)
だが、浪紫は甘くはなかった。
彼は密かに、三河・遠江を通る「物流のバイパス」を構築しつつあった。小田軍が占拠した要所に、徳川の関所を通らない「新・流通路」を作り、そこを通る商人には税を免除したのである。
「三河の血流を、徳川家から切り離す。……さて、家康殿。そろそろ『相談』の時期ではありませんか?」
浪紫がそう呟いた翌日。
浜松城から、一騎の使者が小田の本陣に駆け込んできた。
書状の主は、徳川家康。
内容は、「一度、直接会いたい」という、実質的な交渉の申し入れであった。




