第三十六話:甲斐の落日、最強の継承
里見、佐竹、結城を無血で呑み込んだ小田軍の前に、最後にして最大の障壁が立ち塞がった。武田勝頼率いる、武田の精鋭である。
勝頼は、信玄の死によって動揺する家中を力でねじ伏せ、小田への復讐という一点で軍を結束させていた。
「浪紫よ、武田はこれまでの連中とは違う。あの『赤備え』を相手に、無血というわけにはいかぬぞ」
氏治の懸念に、浪紫は静かに頷いた。
「左様。武田の強さは、信玄公が遺した譜代の重臣たちの結束にあります。……ですが、それは同時に、彼らを排除せねば、武田の真の力(現場の兵)を我らのものにできないことを意味します」
(……古い経営陣が残っていては、組織の統合(PMI)は進まない。残酷だが、武田の『頭脳』はここで断つ必要がある)
天目山の麓、小田軍は武田軍と正面から激突した。
浪紫は、最新の連射大筒とロケット噴進筒を惜しみなく投入。だが、武田の重臣たちは「信玄公の誇り」を懸け、火の雨の中を突き進んでくる。山県、馬場、内藤……かつての名将たちが、次々と小田の圧倒的な火力の前に散っていった。
「……おのれ、これほどまでか!」
勝頼は、自らを庇って倒れゆく老臣たちの姿に絶望を覚える。浪紫はあえて勝頼の退路を断たず、彼が一
人になるまで「組織の解体」を続けた。
日没。武田の重臣のほとんどが戦死、あるいは自害して果てた。
天目山の斜面は、燃え盛る武田の旗印と、折り重なる屍で赤く染まっていた。
山県、馬場、内藤……信玄以来の武田を支え続けた宿老たちは、小田軍の圧倒的な火力の前に、一歩も引かずに果てた。後に残されたのは、血刀を杖にして立つ、若き当主・武田勝頼だけであった。
浪紫は、静まり返った戦場を歩み、勝頼の前で足を止めた。
「……勝頼殿。もはや、これまでです」
勝頼は天を仰いだ。その目には、絶望ではなく、すべてをやり遂げた男の澄んだ光が宿っていた。
「浪紫……。貴殿の創る世、確かに見た。もはや、我らのような古い武辺者が居座る場所は、この日ノ本には残っておらぬようだな」
勝頼は血に染まった手を震わせながら、自らの腹へ刀を向けた。
「頼みがある。……武田の誇り、ここで途絶えさせるわけにはいかぬ。我らを見事に打ち破った貴殿の手で、幕を引かせてくれぬか。……切腹の、介錯を」
浪紫は言葉を失った。経営コンサルタントとしての頭脳は「彼を生かして利用すべきだ」と即座に弾き出していた。だが、目の前の男が放つ圧倒的な「死の覚悟」が、その論理を真っ向から否定した。
「……承知、いたしました」
浪紫は介錯人を呼び寄せると、勝頼に向かって深く、長く頭を下げた。それは敵将への敬意であり、これから自分が滅ぼしていく「古き美しき時代」への決別でもあった。
浪紫は、背を向けて歩き出した。
背後から、勝頼の短い、だが魂を振り絞るようなうめき声が聞こえた。
続いて、風を斬る音と、重いものが落ちる音。
浪紫は一度も振り返らなかった。
眼鏡の奥の瞳を強く閉じ、唇を噛み締めて、その一歩一歩を地面に刻み込むように進む。
(……さらばだ、勝頼。あんたたちの命は、無駄にはしない。俺が創る未来に、あんたたちの最強の証を組み込んでみせる)
武田家の滅亡。それは、関東における旧勢力の完全なる終焉であった。
生き残った武田の将兵たちは、主君の最期を見届けた浪紫の「礼」に打たれ、静かに、だが力強く小田の軍門に降った。
日ノ本最強の牙を手に入れた小田軍は、ついに西の空――織田信長が待つ京へと、その矛先を向けた。




