第三十五話:M&A(天下合流)、常陸の統一
佐竹・結城連合軍の陣中は、すでに末期的な疑心暗鬼に蝕まれていた。
そこへ、浪紫が仕掛けた「最後の一押し」が投じられる。山川朝貞の手引きにより、佐竹の陣営に「結城晴朝が、浪紫と結んで佐竹義重の首を差し出す密約を交わした」という、偽造された起請文が届けられたのである。
(……人は、信じたいものしか信じない。そして一度芽生えた恐怖は、どんな真実よりも早く燃え広がる)
深夜。佐竹の陣では義重が怒りに震え、結城の陣では晴朝が佐竹の不穏な動きに怯えていた。互いに「先に撃たねば殺される」という極限状態。その火種が爆発しようとした瞬間、浪紫の軍勢が「和睦の使者」としてではなく、「圧倒的な制圧者」として両陣営の隙間に滑り込んだ。
だが、浪紫は一発の弾丸も放たなかった。
代わりに、全軍に拡声器(大音響を響かせる漏斗状の筒)を使わせ、戦場全体に響き渡る声で宣告させた。
「佐竹、結城の将兵に告ぐ! 貴殿らの主君は、互いに互いを売り、裏切りを画策した。……もはや、戦う理由などどこにある! 命を無駄にするな、我らの目的は将軍家の命による『天下の静謐』である!」
混乱する兵たちの前に、山川朝貞が進み出た。
「皆、聞け! 小田公は、我ら結城の家名を残すと約束された! 義理なき佐竹に付き合って、新兵器の露と消える必要はない。今こそ、真の主君を選ぶ時だ!」
この叫びが、崩壊の決定打となった。
足元から崩れるように、結城の将兵が武器を置き、それに引きずられるように佐竹の兵たちも戦意を喪失した。将兵にとって、主君同士の醜い疑い合いほど、命を懸ける価値のないものはない。
浪紫は、手際よく義重と晴朝の身柄を確保させた。
「義重殿、晴朝殿。貴方方の『経営権』は、本日をもって小田家が接収いたします。……体(兵力)は、私が有効に活用させていただきますので、ご安心を」
浪紫の冷徹な、しかし一滴の血も流さない「買収」に、二人は言葉を失った。
数日後。
小田城には、里見、佐竹、結城の将兵が合流し、かつてない規模の軍勢が集結していた。浪紫は彼らを新しき軍制の下に再編し、統一された指揮系統を叩き込む。
「氏治様、関東の『掃除』は終わりました。……これより、日ノ本の中心部を書き換えに参ります」
常陸の統一を成し遂げ西に馬首を向けようとした矢先、その野望を討ちくだんと仇討ちに燃える若者が立ち塞がった。




