第三十四話:埋伏(まいふく)の毒、結城の綻(ほころ)び
房総の里見を新兵器で瞬く間に灰塵に帰した報は、北の佐竹・結城連合軍を戦慄させた。
だが、浪紫は力押しを重ねる愚は犯さない。彼は、結城家中の実力者であり、冷静な判断力を持つ山川朝貞に狙いを定めた。
(……連合組織の弱点は、常に「相互不信」にある。一箇所に小さな亀裂を入れれば、システム全体が勝手に崩壊する)
浪紫は、捕らえていた里見の重臣や、かつて併合した結城の旧臣を通じ、秘かに朝貞へ接触を図った。
「山川殿。このまま佐竹と組んで小田に挑めば、結城の家名は歴史から完全に抹消されるでしょう。ですが、今こちらに降れば、新しき世での山川家の地位は私が保証いたします」
浪紫が提示したのは、単なる調略の文ではない。武田信玄が敗走した際の詳細な戦闘記録と、里見の久留里城が焼き払われた惨状を記録した書状であった。
朝貞は、浪紫という男の「底知れぬ合理性」に恐怖を覚え、ついに小田への内応を承諾する。
しかし、浪紫は朝貞に「すぐに寝返るな」と命じた。
「山川殿には、そのまま佐竹・結城の軍議に加わっていただきます。そして、佐竹の将たちが『結城は怪しい』と思うような種を、一粒ずつ蒔いてください」
これこそが「埋伏の毒」である。
連合軍の陣中、朝貞は巧みに動いた。佐竹の陣に「結城が小田から多額の資金を受け取っている」という噂を流し、逆に結城家内には「佐竹は小田と密約を交わし、結城を盾にして逃げる算段だ」と囁いた。
疑心暗鬼は、戦火よりも早く広がった。
軍議の場では互いの顔をまともに見られなくなり、佐竹義重が下す号令に結城の兵が動かず、逆に結城晴朝の進言を佐竹が無視するという、致命的な機能不全に陥ったのである。
「氏治様。……敵の心は、すでにバラバラです。もはや戦うまでもありませぬ」
浪紫は、本陣で冷めた茶を啜りながら、遠くの敵陣を眺めた。
(……さあ、仕上げだ。朝貞殿に最後の合図を送れ。佐竹と結城が、互いの背中を斬り合う地獄を見せてもらう)




