第二十七話:虎の咆哮(ほうこう)
常陸を統一し、北条までも「仕組み」に組み込んだ小田家の躍進は、もはや関東に留まる噂ではなかった。
甲斐の虎、武田信玄。
上洛の志を抱くその虎にとって、背後で急成長する小田は、無視できぬ棘であった。
「……小田の浪紫とやら、面白い術を使うようだが、所詮は小手先の細工。関東の秩序を乱す小蝿を払い、その足で一気に京へと駆け上がる。これぞ天命よ」
信玄は、甲府・躑躅ヶ崎館にて、ついに進発の号令を下した。
風林火山の旗印が動く。武田家二万余の精鋭が、怒涛の如く関東へ向けて進軍を開始したのである。
その報せが届いた小田城内は、かつてない激震に見舞われた。
「あ、相手は武田だぞ! 徳川や北条ですら手を焼く、あの最強の騎馬軍団が攻めてくるのだ!」
「いくら新兵器があるとはいえ、相手は幾多の戦場を潜り抜けた百戦錬磨の将たち。……今度ばかりは、勝てる道理がない」
連日続く評定では、弱気な言葉が飛び交い、家臣たちの顔は一様に青ざめていた。氏治もまた、膝の震えを隠しきれず、縋るような目で傍らの軍師を見た。
「浪紫……。我らは、あまりに急ぎすぎたのではないか? 信玄公を敵に回して、生き残る術はあるのか……?」
重苦しい沈黙が広間を支配する。
その時、浪紫はゆっくりと顔を上げた。
その瞳には、恐怖も迷いもない。
浪紫は、指先で静かに眼鏡の縁を押し上げると、冬の夜の如く冷徹な響きを湛えた声で言い放った。
「氏治様。虎が獲物を仕留めにくるとき、最も油断するのは『獲物の牙』を侮っている瞬間です」
(……信玄。アナログ時代の最高傑作が、最新のシステムにどこまで抗えるか。……最適解を叩き出してやる)
浪紫の眼鏡の奥で、青白い炎が静かに揺れた。
戦国最強の軍勢を迎え撃つ、浪紫の「史上最大の防衛作戦」が幕を開けようとしていた。




