第二十五話:名門の黄昏(たそがれ)
佐竹を退け、北の憂いをひとまず拭い去った小田軍だったが、浪紫は一息つく間もなく次なる盤面を睨んでいた。
標的は、常陸中部の江戸氏、そして下総の名門、結城氏である。
「氏治様、相模の北条と対等に渡り合うには、この常陸・下総の喉元を完全に押さえねばなりませぬ。特に結城は、長年我が小田を苦しめてきた不倶戴天の敵。ここで完膚なきまでに叩き潰し、その武威を以って北条への名刺代わりといたしましょう」
氏治は、かつての苦い敗北を思い出し、身震いした。
「……結城晴朝は一筋縄ではいかぬ男だぞ。佐竹とも固く結んでいる」
「左様。なればこそ、佐竹が動けぬ今こそが、彼らの『結束』を崩す唯一の好機にございます。殿、私に策がございます。これまでの戦いとは似ても似つかぬ、血を流さずして心を折る戦にございます」
浪紫はまず、江戸氏に対して「情報の包囲」を行った。北条や佐竹との密約がすべて小田に筒抜けであることを突きつけ、空に舞う大凧から降伏を促す文を落とす。理解を超えた光景と、退路を断たれた事実に江戸氏は戦わずして門を開いた。
真の難敵は結城氏であった。結城城に立て籠る晴朝は「小田の如き泥にまみれた家中に屈せぬ」と激しく抵抗を続ける。
だが、浪紫は冷徹だった。
「源鉄斎殿、城を囲む必要はありません。結城領へ繋がるすべての街道を封鎖し、彼らの領内の米を、市場の三倍の価格で買い占めてください」
これこそが、浪紫の仕掛けた「物流の枷」である。
数週間の後、城内は飢えに喘ぎ、さらに追い打ちをかけるように、浪紫は開発したばかりの単発大筒を結城城の門へ向けて放った。
地を揺らす轟音と共に、名門の象徴である堅牢な門が木っ端微塵に吹き飛ぶ。武勇を誇った結城の将兵たちは、見たこともない火器の威力と、胃を焼くような空腹の前に、戦う意欲を根底から破壊された。
「結城殿。貴殿の誇りは、この『新しい世の仕組み』の前では何の意味も持たぬのです。……降伏すれば、将兵の命と名門の家名は、小田の傘下として保証いたしましょう」
浪紫の冷徹な宣告。結城晴朝は、砕け散った門と、変わり果てた兵たちの姿を見て、ついに刀を置いた。




