第二十四話:奥州(おうしゅう)への楔
小田城の奥の間。浪紫は、氏治と源鉄斎を前に、一枚の地図を広げた。
「氏治様、佐竹を退けたとはいえ、北には依然として奥州の雄・伊達家が控えております。彼らが南下を決めれば、常陸は再び戦火に包まれましょう。そうなる前に、彼らがこちらを向かぬよう『守りの楔』を打ち込みます」
氏治は、穏やかな顔に少しの陰りを見せて頷いた。
「戦をせずに済むのなら、それに越したことはない。だが浪紫よ、伊達ほどの家が、我らのような小家の言葉を容易く聞くものか?」
「まともに向き合えば門前払いでしょう。なればこそ、まずは『実利』と『名分』を別々に送ります。……伊達は今、家督を巡る混乱の余塵で家中が割れております。彼らが喉から手が出るほど欲している『新しい力』を、平和の証として差し出すのです」
(……まずは技術という名の依存を植え付ける。彼らが小田の提供するシステムなしでは戦えぬようになれば、それが最強の防壁になる)
浪紫の指示により、小田の使者が奥州へと発たされた。
数日後、奥州・米沢城。
伊達家当主・伊達晴宗の前には、小田から届けられた最新型の火縄銃と、一通の書状が置かれていた。
「……常陸の小田だと? あの佐竹を破ったという噂は真であったか。何故、このような業を我らに送ってくる」
晴宗が訝しげに銃を手に取る。側近の桑折景長が、興奮を抑えきれぬ様子で言った。
「殿、これをご覧ください。この銃、既存の物より遥かに軽く、かつ射程も長い。小田はこれを伊達家だけに伝授すると申しております。条件は……小田が常陸の静謐を保つ間、伊達家が『不干渉』を貫くことのみ。我らにとっては願ってもない話にございます」
広間では、家臣たちがざわついていた。
「常陸の小田など、放っておけばよかろう。それよりも、この薬水と硝石の利権……。これを手に入れれば、我が伊達の軍事力は奥州で並ぶ者なしとなりますぞ!」
「待て、小田の背後には上杉もいると聞く。ここで小田と結ぶのは、上杉への牽制にもなるのではないか?」
伊達家中では、小田がもたらした「利」と「技術」を巡り、主戦派と実利派が激しい議論を戦わせていた。しかし、その根底にあるのは「小田の技術を他家に渡したくない」という独占欲であった。
晴宗は、磨き上げられた火縄銃の銃身を見つめ、低く笑った。
「……面白い。小田の軍師とやらは、我らが今、何を最も欲しているかを熟知しておる。良かろう、常陸の小田、暫し泳がせておく。奴らが関東で何を選ぼうと、我らに損はない」
浪紫の目論見通り、伊達家は「小田というシステム」がもたらす果実に、その鋭い牙を収めたのである。




