第二十一話:智略の連鎖
佐竹軍五千の進軍は、驚くほど慎重であった。
先陣を任された佐竹義昭は、整備された街道を睨み据え、馬を止めた。
「……道の良さに浮かれるな。この『龍の喉』、伏兵を置くには絶好の地。小田の軍師なら必ずここを狙うはず」
義昭は、あえて全軍を進ませず、半数を山裾の迂回路へ回した。浪紫が崖の崩落で道を塞いだ瞬間、山の上から小田軍の背後を突く、義昭入魂の逆撃策である。
果たして、街道の前後で大きな音をたて崩落が起きた。
「掛かったな、小田の若造め!我らを閉じ込めるなど予測済みよ!」
義昭の合図で、迂回していた佐竹の別動隊が山頂から小田軍の陣取った高台へとなだれ込む。小田氏治の顔が驚愕に歪んだ。
だが、浪紫だけは無表情のまま、懐中時計の蓋をパチンと閉じた。
「……想定内です。佐竹殿なら、当然そこを突いてくると読んでいました」
山頂に現れた佐竹の別動隊が足を踏み入れたのは、なんと「偽の陣地」であった。
彼らが足場にした地面は、あらかじめ支柱を抜かれた人工の崩落地――浪紫の土木技術による「二重の落とし穴」である。
「な、何だと! 地面が……!」
山頂の佐竹勢が、自分たちが起こした地滑りに巻き込まれ、下の街道へと転げ落ちる。そこへ追い打ちをかけるように、浪紫が「予備兵」として伏せていた本隊が姿を現した。
「佐竹殿、まだまだ」
浪紫が合図を送ると、街道の両脇に隠されていた巨大な木枠が外された。
そこから現れたのは、大量の火縄を束ね、車輪をつけた「連装大筒」――浪紫が鍛冶師たちに作らせた、現代の多連装砲を思わせる新兵器であった。
「三の罠。貴殿の誇る精鋭も、この弾幕を抜ける術はありますまい」
逃げ場を失い、さらに背後から自軍の別動隊が降ってきた混乱の最中、義昭の目の前には、整然と並ぶ五百の火縄と五百の弓隊が死神の列のように立ちはだかっていた。
(……一重目は餌、二重目は誘導、三重目がチェックメイト。佐竹殿、貴方が知略を尽くせば尽くすほど、このシステムに深く嵌まるように設計したんです)
誇り高き義昭の顔から、みるみる血の気が引いていく。
敵の裏をかき、知略で勝ったつもりが、その知略すらも巨大な盤面の一部に過ぎなかったという絶望。義昭の持つ「戦国武将としての矜持」が、浪紫の「圧倒的な合理」の前に、音を立てて崩れ始めた。




