第二十話:北からの暗雲
小田城下の賑わいとは対照的に、北の常陸太田城は重苦しい静寂に包まれていた。
佐竹家当主・佐竹義昭は、手元の報告書を忌々しげに投げ捨てた。
「……信じられん。上杉を退けたばかりか、小田の地では座のしがらみを捨てて諸国の金が滝のように流れ込んでいるというのか。さらには兵を農から切り離し、日々、奇妙な修練を積ませていると……」
義昭の傍らで、重臣たちが殺気立つ。
「殿。小田は街道を整え、堅牢な関所を設けて物流を独占しております。このまま小田を太らせれば、いずれ常陸の主は逆転いたしましょう。今のうちに、その増長した根を断つべきにございます」
佐竹は動いた。小田が内政に力を入れ、守りを固めている今こそ、伝統的な大軍の力で粉砕すべきと判断したのである。その数、五千。常陸最強を誇る佐竹の精鋭軍が、小田領の境界へと進軍を開始した。
一方、小田城。
狼煙の報告を受けた浪紫は、慌てるどころか、手元の懐中時計を模した日時計を眺め、静かに口角を上げた。
「……来ましたね。予定通りのタイミングです。佐竹殿には、我々の新しい戦い方の『試験』に付き合っていただきましょう」
浪紫は、再編成を終えたばかりの職業軍人たちの前で、氏治と共に立ち上がった。
そこには、かつての農民兵のような怯えはない。小田の財力で整えられた最新の具足と、磨き上げられた長槍、そして……浪紫が密かに数を揃えさせた火縄銃が鈍く光っていた。
(……数は五千対二千。通常なら圧倒的不利だが、こちらの兵は専門職であり、かつシステムの一部だ。士気のバラつきもない。地形とインフラを活かせば、逆転の計算はもう終わっている)
「氏治様、源鉄斎殿。此度の戦、一兵も無駄死にさせる必要はございません。道を作ったのは、敵を招くためではなく、敵を『狩り場』へ誘導するためですから」
浪紫の指示により、整備されたばかりの街道の関所が次々と閉鎖され、佐竹軍は知らず知らずのうちに、浪紫が設計した殲滅地帯へと誘い込まれていく。
常陸の覇権をかけた、旧時代の武勇と新時代の仕組み(システム)の激突が始まろうとしていた。




