第十八話:常陸(ひたち)の楽市(らくいち)
「街道を整えるだけでは、血が流れる器を作ったに過ぎません。そこに、勢いよく血を……すなわち『人』と『金』を流し込む仕組みが必要です」
浪紫は、整備され始めた街道の起点となる城下の一角を指差した。
「ここを、いかなる特権も持たぬ者が自由に商いを行える『楽市』といたします」
「楽市……? 座の者たちを通さぬというのか」
源鉄斎が驚きの声を上げた。当時、商売は「座」と呼ばれる特権団体が独占しており、そこから上がる税は貴重な財源だった。それを捨てるという提案に、重臣たちが騒ぎ出す。
「座に守られた商いでは、新たな知恵も、外からの風も入りませぬ。私はここでの商いに対し、一切の座賦を免除し、税も最小限に抑えます」
(……まずは参入障壁を極限まで下げて、ユーザー数を一気に増やす。プラットフォーム構築の基本戦術だ)
眼鏡の奥で、浪紫は冷徹に市場の拡大を計算していた。
「だが浪紫殿、それでは小田の懐が潤わぬではないか」
「いいえ。商人が増えれば、そこで取引される『物』の量が変わります。宿場での宿泊、馬の貸し出し、そして我が小田が独占する『薬水』の売り上げ……。一つ一つの商いから小銭を掠めるより、巨大な市場が回ることで生まれる『周辺利益』の方が、はるかに莫大にございます」
浪紫はさらに、街道に設けた関所についても言及した。
「街道の関所は、あくまで『防衛の要』。商いの足を止める通行税は、思い切って廃します。その代わり、小田の楽市に入る商人は、我らの街道以外を通ってはならぬという掟を作るのです」
これには、経済に疎い武士たちも膝を打った。
税を免除して人を集め、その代わりに「小田の道」というシステムの中に全員を閉じ込める。他国の商人が競って小田に集まるようになれば、近隣の佐竹や北条の領内からは逆に商人が消え、経済的に干上がることになるのだ。
「……まるで、見えぬ鎖で関東の商人を縛り上げるような策よな」
鉄斎が呆れたように、だが感心したように笑った。
(……よし、これで小田家というサーバーへのアクセスが爆増する。後は、この経済圏をどう『守る』か……軍事的なセキュリティの強化も並行して進めるか)
小田の城下は、かつてない活気に包まれようとしていた。浪紫が描く「戦わずして勝つ盤面」が、着実に形を成していく。




