表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/107

第十六話:波紋(はもん)と基盤(きばん)

上杉輝虎うえすぎ てるとらが軍を返し、常陸ひたちに静寂が戻った。

 だが、それは単なる平穏ではない。嵐が過ぎ去った後に残されたのは、「軍神ぐんしんを戦わずして退しりぞけた小田おだ」という、周辺諸国を震撼しんかんさせる巨大な事実であった。

「……信じられん。あの輝虎が、一度も刀を振るわず越後えちごへ帰っただと?」

 佐竹さたけ北条ほうじょうの領内では、間諜かんちょうが持ち帰ったしらせに、重臣たちが色めき立っていた。彼らが最も恐れたのは、小田の武力ではない。軍神の心を動かした、正体不明の「知略」の正体であった。

 その頃、小田城内。

 浪紫はしは、勝利の余韻よいんひたいとまもなく、源鉄斎げんてつさい菅谷勝貞すがた かつさだを前に、新たな図面を広げていた。

「上杉殿を追い返したのは、あくまで一時いっとき猶予ゆうよに過ぎません。……皆々様、今こそいくさの備えではなく、国の『造作ぞうさく』に総力を挙げねばなりませぬ」

 浪紫は努めて、当時の武士たちが理解しやすい言葉を選んで語りかけた。だが、誰も見ていないところで眼鏡を指で押し上げ、小さくつぶやく。

(……よし。ヘイト管理は完璧だ。ここからは一気にインフラのビルドに入るぞ)

造作ぞうさくだと? 浪紫殿、次は城を築くのか」

 勝貞の問いに、浪紫は首を横に振った。

「いいえ。次に築くのは『道』と『いち』にございます。小田城下から四方へ伸びる街道を、これまでにない頑強なものへと作り変えます」

 浪紫は、最新の土木知見を用いた排水設備を設け、さらに一定の間隔で「常陸の薬水くすりみず」の補給所兼、宿泊施設を建設する案を提示した。

「ただの道ではございません。この道を通れば、他国の商人も安全かつ迅速じんそくに移動でき、疲れもえましょう。そうなれば、我が国の薬水は飛ぶように売れ、小田には莫大な通行税と、諸国の噂話が集まるようになります。……道そのものを、国の『脈動みゃくどう』とするのです」

 浪紫の口から出る言葉は理にかない、武士たちにもその利が鮮明に伝わった。

 彼の狙いは、近隣が「次はどこを攻めるか」と頭を悩ませている間に、小田を関東一の流通の拠点に作り変え、経済的に他国が手を出せない状況を構築することにある。

(……小田を潰せば自分の国も干上がる。そういうパッシブな防衛線を張るのが、序盤のセオリーだからな)

 ふとした瞬間に漏れる、誰にも理解できぬ独り言。

「……浪紫殿。お主の言う通りに動けば、小田は戦わずして、近隣を膝下しっかに置くことになるのではないか?」

 鉄斎が、畏怖いふの念を込めて呟いた。

「膝下に置く必要などございません。彼らが『小田がいなければ困る』と思ってくれれば、それで……」

 浪紫は言いかけて、ふっと笑みを浮かべた。

「……万事、片付きます」

 浪紫の視線は、既に常陸の国境を越え、関東全域を網羅もうらする商圏の構築へと向かっていた。それは確実な「地固め」のための、最も静かなるいくさであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ