第十二話:鉄の革新と黄金の薬水
佐竹軍を退けた小田城に、束の静寂が訪れていた。だが、浪紫に休息の二文字はない。彼は勝利の余韻に沸く将兵を尻目に、城下の鍛冶場へと通い詰めていた。
「これでは強度が足りません。炭の置き方、風の送り方を変え、より高温を保つのです」
浪紫が目指したのは、鍛冶技術の底上げであった。将来的な火縄銃(ひ縄じゅう)の増産を見据え、まずはその基礎となる加工技術を向上させる。その足掛かりとして彼が設計図を引いたのは、意外にも武器ではなく「農具」であった。
最新の備中鍬を模した農具を農民に無償で貸し出し、収穫の一部を貸出料として徴収する。現代の賃貸業に近い仕組みで、兵糧の安定確保を狙ったのだ。
だが、技術改革には「銭」がいる。そこで浪紫が目をつけたのが、かつて山中で見つけた老草の根であった。
「この根を精製し、私が教える配合で煎じてください。名は……『常陸の薬水』としましょう」
現代の栄養学の知識を微かに混じえ、滋養強壮に特化させたその薬は、過酷な乱世に生きる人々にとって劇的な効果を発揮した。まずは城下で売り出し、次いで近隣の有力大名へ「贈り物」として配る。
薬への免疫がない時代、その効き目は瞬く間に噂となり、小田の名は「智謀」だけでなく「稀代の薬どころ」として轟き始めた。
「浪紫殿、豪商たちがこの薬の独占権を求めて列をなしておるぞ。お主、戦だけでなく商いでも敵を圧倒する気か」
源鉄斎の呆れ顔に、浪紫は淡々と答えた。
「物流を押さえ、安定した外貨……いえ、資金を得る。これが次の戦略の基本です」
こうして得た莫大な資金は、すぐさま鍛冶場の設備投資と、城の更なる要塞化へと注ぎ込まれた。
しかし、小田の急速な「富国強兵」は、北の巨頭を動かすに至る。越後の龍、上杉輝虎の元へ、軒猿が報告をもたらした。
「常陸に、理を塗り替える軍師あり」
上杉が謎の軍師の正体を確かめるべく南下を開始したという報せが届いたとき、浪紫は薄暗い仕事場で眼鏡を光らせた。
(……上杉謙信か。想定より早すぎる。完全にイベントのフラグが立ってしまったな!)
激昂に近い緊張の中、浪紫は手元の帳面を握りしめた。
軍神という名の「巨大なバグ」を前に、浪紫の知恵と鉄、そして薬水で得た黄金が試されようとしていた。




