エピローグ:巡る理(フィードバック・ループ)
常陸、小田城。
九州平定を終え、日の本全土をその掌中に収めた軍勢が凱旋した。城内は歓喜に沸き返っていたが、浪紫零也はただ一人、静かに主君の居室を訪れた。
「殿、ただいま戻りました。日の本の全機能、正常に稼働を開始いたしました」
浪紫がいつものように報告すると、小田氏治は床几から飛び出し、満面の笑みで浪紫の肩を叩いた。
「零也! よく戻った、本当によくやってくれた! お主のおかげで、もう誰も戦で泣かぬ世になったのだな」
二人は夜が更けるのも忘れ、語り合った。初めて泥まみれで出会った時のこと。無理難題ばかりの浪紫の献策に、氏治が首を傾げながらも最後には笑って応じたこと。
「あの時は、お主のことを天狗の落とし子かと思うたぞ」
「私は私で、これほど『統率力』を無駄遣いする主君がいるのかと驚いたものです」
尽きることのない思い出話。浪紫の胸には、合理的思考では決して算出できない、温かな満足感が満ちていた。
「零也。これは、わしの心からの礼だ」
氏治はそう言って、小田家の家紋が精緻に彫られた、重みのある印籠を浪紫の手へと握らせた。
「お主は、わしの宝だ」
「……勿体なきお言葉です」
浪紫は深く頭を下げ、その印籠を大切に懐へと収めた。
氏治の部屋を去り、月明かりの廊下を自室へと歩いていた時だった。
ふと、目の前を小さな影が横切った。
「……猫?」
目を凝らせば、一匹の三毛猫がこちらを見つめていた。その金色の瞳。浪紫は、記憶の奥底に保存されていたデータと合致する感覚に、息を呑んだ。
(あの時の……私をこの時代へ引き込んだ個体か?)
猫はまるで浪紫を招くように、ゆっくりと闇の奥へと歩き出す。誘い込まれるように一歩を踏み出した瞬間、視界が急激な白霧に包まれた。
気づくと、浪紫はアスファルトの匂いの中に立っていた。
耳に飛び込んでくるのは、車の走行音と遠くの喧騒。冷たい電信柱の感触。そこは、あの日、転移した瞬間の路地裏だった。
「……夢、だったのか?」
腕時計を見れば、時刻はあの時から一分も進んでいない。敏腕経営コンサルタントとしての日常。合理的で、冷たく、計算通りの世界。
数年間の戦国での日々は、脳が見せた一瞬の白昼夢だったのか。浪紫は虚無感に襲われ、力なくポケットに手を入れた。
その時、指先に硬い感触が触れた。
浪紫は、震える手でそれを取り出した。
夕闇の街灯に照らされ、鈍い輝きを放つのは、小田家の家紋が入った「印籠」。
「……ああ、バグじゃない。データは、ここにある」
浪紫は印籠を強く握りしめ、現代の空を見上げた。
夕闇が彼の背中を包み込んでいく。だが、その瞳には、かつて見た絶望も退屈もなく、ただ確かな「生」の光が宿っていた。
書き溜めていた物を整理してたらこんなに長い物語だったっけ、と改めて驚いてしまいました。1話1話読み返して、加筆・修整を行いながらの投稿でしたが、なんとか最後まで投稿をすることが出来ました。今後は歴史小説だけでなくいろんなジャンルにも挑戦しようと構想中。最後まで読んでくださった皆様に感謝の意を伝えます。ありがとうございました。もし気に入ってくれたらなら、今後も応援をよろしくお願いします!




