第百四話:死に至る誤答(デッドリー・エラー)
「好機なり! 疲弊した小田の背後を突き、一気に常陸の軍師を捕らえよ!」
龍造寺隆信の号令とともに、数千の龍造寺勢が「狭間」へと雪崩れ込んだ。彼らの目には、島津に追い詰められ、浮き足立つ小田軍の背中がはっきりと見えていた。
だが、その最後尾を務める鍋島直茂だけは、肌を刺すような違和感に足を止めていた。
(……妙だ。島津の攻勢があまりに鮮やかすぎる。それに、あの空に浮く怪異は何だ。まるで我らを誘っているかのようではないか)
直茂が叫ぼうとしたその時、上空の熱気球から、真田信繁が放った紅蓮の信号弾が天を焦がした。
「――全軍、反転。迎撃を開始します」
浪紫零也の静かな、しかし通る声が本陣に響く。
その瞬間、逃げ惑っていたはずの小田の兵たちが、一糸乱れぬ動きで反転した。同時に、両側の崖の上に擬装して伏せていた菅谷政貞の精鋭たちが、一斉に姿を現す。
「撃てッ!」
政貞の咆哮とともに、崖上から火縄銃の爆音と矢の雨が、狭い谷底に密集した龍造寺軍へ降り注いだ。
「な、何事だ! 島津はどうした!?」
隆信が狼狽し、周囲を見渡す。だが、先ほどまで小田軍を追い詰めていたはずの「島津兵」たちは、霧が晴れるように姿を消し、代わりに鉄壁の盾を構えた小田の重装歩兵が、龍造寺の進路を完全に塞いでいた。
(この地形、この密集度……これなら、どれほどの大軍もただの動かない標的だ)
浪紫は冷徹に、眼鏡の奥で戦況をアップデートする。
「直茂殿。あなたは情報を集めすぎた。汚染されたデータをもとに導き出した答えは、どれほど精緻でも致命的な誤答となる」
谷底は阿鼻叫喚の地獄と化した。逃げ場のない龍造寺軍は、浪紫が設計した「キル・ゾーン」の中で、なす術もなく削り取られていく。
「おのれ、小田の軍師……! 謀ったか!」
隆信の怒号が響くが、それを遮るように、政貞率いる騎馬隊が、混乱の極致にある敵本陣へと突撃を開始した。




