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第九十九話:鬼の咆哮(ラストスタンド)

退路を完全に断たれた島津義弘は、馬を止め、追撃してくる小田軍を真っ向から見据えた。

 その背後には、もはや数えるほどの側近しか残っていない。だが、義弘が放つ威圧感は、数千の兵を率いている時よりもなお鋭く、重い。


「……ここまでか。小田の軍師よ、空を操り地を統べるその術、見事なり!」

 義弘の怒号が戦場に響き渡る。彼は地に突き立てられた大太刀を引き抜くと、返り血で汚れた顔を歪めて笑った。

「なれど、島津の魂までは、その眼鏡の奥の勘定書き(そろばん)には収まりきらぬと知れ!」

 義弘はただ一人、小田軍の先鋒へと馬を向けた。それは戦術的な反撃ではなく、武人としての「意地」という名の暴走だった。


 本陣でその光景を望遠鏡越しに見ていた浪紫零也は、わずかに眉をひそめる。


(計算外だな。生存確率がゼロの局面で、なぜこれほどまでのパフォーマンス(武勇)を発揮できる。島津という組織の『OS』は、死をトリガーにブーストがかかるのか……)


 浪紫の脳内では、義弘一人を仕留めるための損害コストが、急速に跳ね上がっていく。

「源鉄斎殿、深追いは無用。彼はもはや組織としての脅威ではない。……だが、あの『鬼』を野放しにすれば、この後の占領政策ポスト・マージに支障が出る。菅谷殿、包囲網を絞れ!」


 激闘の最中、義弘の奮戦により小田軍の先鋒が一時押し戻される。その圧倒的な武の前に、兵たちは恐怖で足を止めた。島津の意地が、浪紫の「合理」を力尽くで押し戻そうとしていた。


 その時、浪紫の背後に控えていた天羽源鉄斎が、北の方角を指差した。

「浪紫殿、島津の意地もさることながら、厄介な報せが届きましたぞ。……『肥前の熊』が動き出しました」


 浪紫は視線を転じる。そこには、九州平定の最後に残った巨大な懸念事項――龍造寺隆信りゅうぞうじ たかのぶの旗印が、遠く北西の空の下で蠢いているという報告があった。


「龍造寺隆信か。島津がこれほど疲弊したタイミングで横槍を入れてくるとは……。ハイエナのような立ち回りだが、彼にとってはこれが『最適解』というわけか⋯⋯」


 浪紫の眼鏡の奥で、新たな計算が始まった。島津義弘という「鬼」をどう処遇し、虎視眈々と機を窺う龍造寺という「熊」をどう捌くか。

 九州の戦いは、島津との決着を目前に、三つ巴の政治闘争へと形を変えようとしていた。

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