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湯屋「あいあい」  作者: 黒辺あゆみ
二話 湯屋の清水

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15 その頃、こちらは

時は少々戻り。

今日の「あいあい」は、いつにも増して賑わっていた。

 そうなると、釜焚きをしている千吉も忙しくなるわけで。

 釜焚きの灰を被りつつ火の番をしている千吉の元へ、ぬうっと現れた影がある。


「どうした、三太よ」


千吉は釜の火から目を放すことなく、その影へ声をかけた。

 そう、その影とは河童の三太であった。


「ホメラレタ、ウレシイ」


そう話す三太は、わかり辛い河童の顔でも笑っているのがわかる。

 どうやら嬉しいことがあったそうだが、褒められたとは奇妙なことだ。

 湯屋に出入りする連中には、三太のことなんぞ見えないだろうに。


 ――いや、見えるかもしれないお人がいるか。


「お加代さんのことか?」


千吉が問うと、しかし三太はふるふると首を横に振る。

 加代ではないとなると、心当たりはもう一人。


「じゃあ、あのいつかの侍か?」

「シシシ!」


次の問いに、三太がこれには笑い声で答えた。


「なぁるほど、そういうことか」


千吉は先だっての河原での騒動のあらましが読めて、「はぁ」と息を吐く。

 あの時、三太は河原からいくつも小石を拾って持ち帰っていた。

 それは水の精気が籠った小石で、辺りを清めてくれるという、水に棲む連中にとってありがたいものだ。

 それを湯にいくつも沈めたとあっては、そりゃあ冬の風を避けて閉め切られた湯屋だって、清い場所になることだろう。

 しかし、それを他の湯屋が真似をしようにも、この「清め石」を見分けることができるのは、それこそ河童くらいなのだから、とうてい無理というものだ。

 確かに冬の湯屋は「臭いが籠って嫌だ」と客から苦情が上がることがしばしばあった。

 けれどそれで臭いを散らそうと換気をすれば、今度は「寒い」と苦情が上がる。

 なので、冬場は我慢してもらうしかないわけだ。

 それを、まさか三太が自らなんとかしてみせるとは、実に驚きである。

 三太はこれまで湯屋に棲みつきはしても、ただ湯槽に水をいれてやるだけで、他になにをするでもなかった。

 それがわざわざ大川にまで小石を採りに行くとは。

 この三太は、あのあたりの河童連中からのはぐれ者だということだし、それならばあまり好かない場所であろうに。

 三太が加代の前にもしばしば現れていることは知っていたが、これまでこのようなことをしようとしたことはない。

 三太があの福田のなにを気に入ったのか、千吉にはまったくわからない。

 しかしこの、普段湯屋に引きこもっている河童を河原にでかけさせるとは、なかなかのことである。


 ――なにをそんなに、あのお人を気に入ったんだか。


 いや、案外三太はこの江戸という町に住まう「先達」として、新顔に良いところを見せようとしたのかもしれない。

 となると、あの福田という侍はやはり――


「うん?」


とその時、妙な気配を感じて考えるのを止めた。


「狐臭ぇのが、この辺りにいるな」


千吉がそう呟いて、鼻に皺をよせていると。


「おう千吉、代われや。

 茶でも飲んでこい」


別の釜焚きの親父が交代にやってきた。


「へぇ、すんません」


千吉はぺこりと頭を下げて、釜の前から立ち上がると井戸の方へ行き、頭からざぶりと水を被って灰を洗い流す。

 冬の水は冷たいのだが、釜の火でむしろ熱されていた身体には、水の冷たさが心地よいものだ。


 ――にしても、狐臭ぇのが気になるな。


 頃合い的に、もしやあの侍が屋敷までふらふらと戻っているのではないだろうか?

 千吉はそう考えると、三太はどうしているかと見れば、その姿はここの釜焚きには見えないので、そのあたりをフラフラと歩いてから、湯屋の中に戻っていこうとする。

 三太はなんだかんだで、湯屋の中が好きなのだ。


「三太、ちょいと付き合え」


千吉は三太にそう声をかけてから、湯屋の裏手から外に出る。

 そうしてやがて、件の狐を見つけたのであった。

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