第十一話 F級昇級試験の受験申請
俺は協会本部に顔を出して隆さんに会いに来ていた。非常に忙しそうにしているところ申し訳ないが、こちらも大事な用件があるのだ。
「んで、試験を受けに来たと?」
「ああ、申請書もほらここに」
案内された会議室においても忙しなく書類と格闘しているのを見ると本当に大変そうだった。
俺を待っている間も仕事をしないと片付かないくらいに色々な雑事が溜まっているのだろう。その原因の一端を担っている自覚があるので少しだけ申し訳ない。
もっともそれでこちらの予定をずらそうとかする気は欠片もないが。
昇級試験を受けるために必要な申請書も準備してある。
前に一度やったことがあるのだから申請の準備に抜かりはない。
「書類まで準備できてるなら、わざわざ俺に出さずとも普通に受付に提出しろよ」
「おいおい、本当にそうしていいのか?」
「冗談だ、分かってるよ。試験の担当者はこっちで話の分かる奴を用意する」
そう、今の俺ならF級どころかC級の試験も余裕だろう。
しかもまだ装備やスキルが揃っていない今の状態で。
事情を知らない試験官がそんな奴を見たらどう考えても噂になるに決まっている。
まだ目立つつもりはない俺の意向を知っている隆さんなら、その意向に沿った相応しい相手を用意してくれることだろう。
やはり世の中コネと伝手は大事だと改めて思わされるものである。
「俺が担当出来れば話は早かったんだが、この忙しさでは不可能だからな。本部長派のまともな誰かにするしかないぞ」
「誰でもいいさ。今は亡きどこぞの誰かさんみたいに俺のことを嵌めようとしないなら」
「徹底的に貶めた奴がよく言うよ。まあいい、副本部長が全て計画したという証拠は集まっているようだからな。不自然なほどに着実に」
そう、社コーポレーションの社長や議員を襲撃したことの主犯は亡くなった森本恭吾ということになっているのだ。
そこに他の誰かの思惑が絡んでいたことなんてない。
ないったらないのだ。
「そんなことより試験日は?」
昇級試験といっても試験官と戦うのではない。
基本的には昇級試験はその級に相応しいダンジョンを探索して魔物と戦うのだ。ただしF級だとわざわざ個人個人で受けることは稀で、大抵は決められた日に申請を出した何人かが集められる。
そのメンバーを試験官が引き連れてF級ダンジョンなどに潜って、その級で活動しても問題ないかを判断するのが一連の流れである。
だから俺も今日は申請書類を出しに来ただけだった。
「えーと……そうだな、三日後でどうだ? お前を入れたら五人と少し多いかもしれないが、試験官は真面目な奴だから余計なことを言い触らしたりしないだろう」
「別にいつでもいいからそれで頼むわ」
「くれぐれも加減しろよ。他の受験者もいるんだからな」
「分かってるって。ああ、それと試験を受けるのは俺だけじゃないからな」
「はあ?」
俺が提出した書類は自分の分と愛華の分の二枚だ。
勿論愛華本人には許可を貰ってある。
今の愛華ならステータスに溺れることもないだろうから上の級のダンジョンでレベリングした方が効率的に良いのだ。
竜殺しの指輪があれば不足しているステータスも問題ないだろうし。
「おいおい、ランク4だと? お前ならともかく危なくないのか?」
「愛華なら問題ないさ……っておい、俺ならともかくってなんだ」
「言葉通りの意味だ。お前ならランク4どころか1でも余裕だろ、きっと」
あんまりな言い草につい突っ込んでしまったが、よくよく考えると否定し切れないのでスルーすることにした。
「今の愛華ならF級の魔物相手でも善戦できるし、その上で竜殺しの指輪を渡してあるから大丈夫さ」
「お前、堂々とそれを言うなよ……」
「ああ、その竜殺しの指輪はダンジョンでドロップした、俺が協会に預けているのとは別の物だから何も問題ないだろう?」
そう主張されては言い返せないのだろう。
下手にそれはダンジョン協会に預けてある物だと主張すれば盗まれたことまで認めることになるからだ。
「くそ、あの疫病神共が……!」
隆さんが怒りの矛先を向ける先は俺ではなく、今は亡き森本親子のようなので何よりである。
あるいは俺に向けてもどうしようもないからそちらに向けるしかないのかもしれないが、その辺りは些細なことなので気にしないでおこう。
だが流石にその対処に追われている隆さんは可哀そうだった。
ダンジョン協会自体は正直に言えばどうなろうと構わないが、そこに所属している隆さんまで巻き込んでいじめるつもりはないので。
この先のことを考えればこの人や本部長とは仲良くなっていった方がいいだろうし。
だから代わりという訳ではないが、隆さんには差し入れすることで我慢してもらうことにした。
「ああそうそう、隆さんにこれをやるよ」
「なんだ、この箱は? 収納ボックスか?」
当然ながらそれが何の変哲もないものである訳もなく、最近作れるようになったばかりのマジックコンテナである。
しかもそれとは別に大量の通常の各種回復薬入りもおまけに付けてある。
ちなみに品質は10で英悟達の協力で作っておいた物にしておいた。
回復薬の時のように俺が作ったものだと何かあるかもしれないので念のためという奴である。
「これはマジックコンテナっていって新しくウチで開発に成功した商品なんだけどな……」
その主な性能と取り扱いの注意事項を聞いた隆さんは喜ぶ前に頭を抱えていた。
「お前ら、またとんでもない物を開発しやがったな……!」
「それは否定できないけどしばらくは売らないからその点は安心してくれ」
これは協会が対応しきれないという以前に、今はウチとしても回復薬売買で手一杯だという事情もある。
なお、これを差し入れる許可は社長にも取ってあるのでそこら辺の心配はいらない。
「あくまで個人の贈り物ってことで。それと協会に置いておけないのなら家ででも使ってくれ。どうもここはセキュリティが万全とは程遠いみたいだからな」
英悟からその辺りの話は聞いている。それを聞いて思ったものだ。
やはりもう既に世界各国の諜報の手は近くまで来ているのは間違いないと。
「その話も耳に挟んでいるのか、なら話は早いが……そうだな、警戒は強めているが今の協会には怖くてこんな物を置いておけないから家に持って帰ることになるだろう」
「まあ管理方法は任せるわ。なんならもう二、三個くらい送ろうか? 俺も家で服とか収納するのにも重宝してるぞ」
これ一つで大抵の物を収納できるので大変便利なのだ。
「お前は百キロ入るアイテムバッグが最低でも一千万円くらいすることが分かって言ってるんだろうな?」
「一応は。ってことはその十倍収納できるからそのコンテナは一億くらいするかな?」
「いやアイテムの保存期間が倍になる効果まで付加されているなら、それどころじゃ絶対に済まない。オークションに出せば最低でも十億円は固いだろうよ」
あるいはそれでも甘いかもしれないと隆さんは溜息を吐いていた。
だが安心してほしい。
今はこれを売買するつもりはないからだ。
そう、少なくとも回復薬の件が落ち着くまでは。
「ああ、それと余裕があれば本部長もこれが欲しいかどうか聞いておいてくれないか? 欲しいならダース単位で送れるから」
「分かったよ。聞いておけばいいんだろ、ったくよ……」
また仕事が増えたと嘆く隆さんに合掌する。
申し訳なく思うが、それが仕事なのだから頑張ってほしいという気持ちを込めて。
なお最後に回復薬を配合した飲料水が出来るかもしれないという話をしたら、完成したらすぐにでも売ってほしいと懇願された。
やはりあの味をずっと飲み続けるのは辛いものがあったようだ。




