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[書籍第2巻、4月18日発売!]隻眼錬金剣士のやり直し奇譚-片目を奪われて廃業間際だと思われた奇人が全てを凌駕するまで-【第4回HJ小説大賞 年間最優秀賞受賞!!!】  作者: 黒頭白尾@書籍化作業中
第三章 終わら(せられ)ない借金生活とダンジョン氾濫編

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幕間 社長の判断 その裏側

 バカ息子がストレスを溜め込んでいるのは顔を見れば分かった。

 大方、自分で考え始めた事業などのせいでダンジョンに潜れないせいに違いない。


 下手にそういう商売的なアイデアを出す才能があるばかりに本業に専念できないのを見ると、過ぎたるは及ばざるが如しという至言が自然と頭に浮かんだ。


 自業自得ではあるのだが、このままではいずれストレスが爆発して肝心な時にこっそりダンジョンに潜って連絡がつかないなんてことが起こりかねない。


 このバカ息子は理性的な俺と違って昔から衝動的に動いては何かやらかしてきたからだ。


 だからそうならないように早めにダンジョンに送り込んで息抜きさせることにした。


(これでしばらくは大丈夫だろう)


 それにバカ息子に語ったことも嘘ではない。

 あいつの能力は今後の我々にとっても生命線となる。


 逸早くそれを強化することは最優先事項と言っても過言ではない。


 最近は特に周辺がきな臭くなってきていることもあるし。


「社長、本当にこのまま特別品の販売を続けてよろしいのですか?」


 この中で唯一女性である副社長の不動 瑞希がそう尋ねてきた。


 まだ三十代ながらに私の片腕として働いてくれている才媛であり、この場で最年長の専務の妻でもある人物だ。


「ああ、今更隠しても仕方がない。それに下手に今から隠そうとするとこちらがまだ回復薬について正確な情報を握れていないことが相手側に伝わりかねない。今はその方が不味い」

「そうですね、今はあえて分かっていた上で流してやった風を装うことで相手の警戒心を煽るのも一つの手でしょう。その程度の品を持っていかれても痛くも痒くもないと思わせられれば儲けものです。もっとも実際にそうなんですけどね」


 常務の三木は私の方針に概ね賛成のようだ。


「ただしダンジョン特許として世界ダンジョン機構と日本ダンジョン協会に申請しておきましょう。通るかは分かりませんが何もせずに他に無料で真似されるのは勿体ないですからね」

「分かった、それは俺が引き受けよう。外崎と……三木、お前の娘を借りるぞ」


 私のかつて勤めていた会社の先輩だったが専務の不動 圭吾が常務にそう問いかけた。


「私に聞かなくてもいいですよ。娘も成人していい大人なのですから自分で判断するべきでしょうし」

「分かった。なら俺はすぐにでも動く」


 主に社外における重要な案件を引き受けている専務はそう言ってさっさとこの場を立ち去ろうとしていた。


「おいおい、最後まで居ないのか? まだ重要な話し合いが済んでないぞ」

「既に物が社外に流出している以上は一刻を争う。ここでの話は妻に任せた。後で聞いておく」


 そのままこちらの制止など気にも留めずに出ていってしまった。


「全く相変わらずの仕事人間だな、あの人は」

「そこがあの人のいいところでもありますから」

「それは惚気ですか? 副社長」

「ええ、そうです。自慢の旦那ですから」


 恥ずかしがることなくあっさりとそう言ってのける副社長に三木が降参とばかりに肩を竦めていた。


 正直、私としてはあの人の夫としての姿を見るのは違和感が強い。


 前の会社でもワーカーホリックという言葉が相応しいほど働き続けていたあの人が、家では良い旦那として振る舞っている。


 全く悪いことではないのだが、そのイメージが湧かないのが正直な感想だ。


(昔は敬語を使っていた相手に偉そうに接するのも違和感が抜けんしな)


 今はお前が社長として上の立場なのだからそれに相応しい態度で接しろと何度言われたか分からない。


「それにしても専務は元気ですね。昨日まで地方に出張していたはずでしょうに」

「あら、そんなことないですよ。ほんの少し前までは体の衰えを嘆いていましたから。でも今は回復薬のおかげで幾ら疲れてもすぐに疲労が抜けると喜んでいましたよ」

「まさにワーカーホリックの鑑ですね。そうなると逆に薬の使い過ぎが心配ですけど」

「あの人は仕事をしてないと生きていけない人ですから仕方ありませんよ。一応薬を使用した際のデータは研究班に送って問題がないか確認もしているみたいですから、何か問題があれば報告されると思います」


 そんな夫のことよりもと副社長は前置きしてこちらに向き直ってきた。


「社長、私はやはり一時的には特別品の販売を取り止めるべきだと思います。売られたのが十本だけならすぐに販売を止めてしまえば研究する素材としては圧倒的に足りないはずです。こちらには潤沢な量があるのですからゆっくりと研究をして十分なデータを揃えてからでも遅くはないでのは?」

「いやダメだ。それでは遅いんだ」

「どうしてですか?」

「これは内密にしろよ。つい先日、日本ダンジョン協会に何者かが侵入する事件が起きた」


 その言葉に二人は驚いた表情を浮かべた。


 飯崎からこっそりと教わったことでまだ表に出ていないどころかマスコミでも掴んでいない情報だからそれも当然だろう。


「その侵入者の正体は掴めているのですか?」

「いや、ほとんど痕跡も残されていなかったようで分からないらしい。捕まえることは無理だろう」


 そしてその侵入者が盗み出したのは他でもない特別品だったそうだ。


 何かあった時のために本部長や飯崎にそれなりの数を誰にも知らせずに預けていたのだが、何者かはそれをどこから聞きつけたのか盗んでいったとのこと。


 その調査で飯崎や本部長はまた仕事が増えて手一杯らしい。


 夜一の借金返済を遅らせるように頼んでいるのもそれが原因の一つのようだ。これ以上、問題が起こると協会が対応できるキャパを超えかねないという少々情けない理由ではあるが。


 ただこれは副本部長派を排除した弊害でもある。


 いくらその派閥が仕事の出来ない奴らが多かったとは言え全員がそうでは派閥として立ち行かない。


 逆に中にはその派閥が機能不全を起こさないようにしてみせた数少ない有能な奴もいたとのこと。


 だが今はそういった奴らが謹慎中であり、猫の手も借りたい状況だと飯崎は嘆いていたものだ。


 差し入れた回復薬をがぶ飲みする勢いで仕事を処理している飯崎や本部長の働きぶりは普通なら倒れているくらいのものだったし。


「それとバカ息子から裏の仕事を任せられている英悟君の方でも海外の勢力から接触があったそうだ。その際に特別品を一つ五千万で買い取りたいという破格の申し出がされたらしい」


 そんな美味しい話を断る訳もなく既に売買は済んでいるとのこと。


 もっとも英悟君も相手が怪しいとは分かっているので既に追跡を試みているようだが。


「なるほど、既に少なくない数が流出してしまっているのですね」


 頷く三木の言う通り、研究用として十分な数とは言えないが、もう隠し通せる数ではないのは間違いないだろう。


 むしろここで販売を中止すれば関係ない奴にまで何かあったのかと勘づかれる可能性が増すこともあり得る。


「それに何者かは知らんが特別品にご執心ならそれはそれで好都合だ。逆にそれを利用させてもらわない手はない」

「……ああ、夜一君がスキルレベルを上げていけば品質が更に上の物も作れる上に中位や高位もその先には控えているからですね?」

「そうだ。こうなった以上、特別品は本命のそれらを隠すための隠れ蓑にする」


 勿論ただ捨て石にするのではない。

 特別品は売れば売るだけ儲かる商品ではあるのだ。


 だからこちらの理想としては特許を取って他が真似できないようにする、あるいは真似した際に使用料を取れるようにして稼いた上でそちらに注意を引き付けることだと私は考えていた。


 そしてそれ以上に私が事を急いでいる最大の理由は、


「なにより世界ダンジョン機構は信用ならないからな。あいつらが何かに気付く前に動くべきだ」


 これに尽きる。


 五年前に突如として現れたダンジョンに対応するために急遽世界各国が集まって作られることとなった国際機関。


 今ではダンジョン特許なんて制度まで作ってそれを審査する立場だ。


 それ以外でもダンジョンによって荒廃した国々への所属する探索者の派遣などを決める権限を有するなど、普通に考えれば異常な速度で世界での存在感を増している。


 それこそ今ではそこでの権力争いが国家としての格などを決める重要な要素となり得るくらいに。


 当初、私はその設立を提言したアメリカや欧州各国辺りが裏で何かを画策したのだと思っていた。


 自分達が有利になるように進めるためにそういった組織を立ち上げて運営しているのだろうと。


 だが夜一から御使いとの話を聞いたことで考えが変わった。


(おそらく世界ダンジョン機構の設立の裏にはそいつらが何らかの形で関わっている)


 あるいは今もそいつらが裏でその組織を操っているのかもしれない。


 そう考えるとここまで世界ダンジョン機構が順調に権力を有するようになったことも説明が付くのだ。


 証拠など何一つない。

 だが私の勘がそうだと告げているのである。


(ステータスでLUCの数値が低かろうが知ったことか。私は私の勘を信じる)


 この予想が外れていたのなら私の心配のし過ぎだったという笑い話になるだけ。


 万が一の時のことを思えば警戒しておいて損はないだろう。


「念には念を入れて新しい高性能な耐洗脳用の装備を購入しておけ。金は会社が出すし幾ら掛かっても構わん。そしてそれを常に身に着けて手放すなよ」


 会議室に居た全員が機密情報にも精通しているので、絶対に操られるようなことがあってはならないのだ。


 改めて気を引き締めて了承の意を返してくる二人を見ながら私は思う。


(まさかあのバカ息子が全ての鍵を握ることになるとはな。一体誰が想像できるんだ、こんなこと)


 親として息子に出来ることはそう多くはない。


 きっと遠くない未来にあいつは私の手助けなど必要なくなることだろう。


 そのこと自体は嬉しいはずなのに心のどこかで寂しいという思いも感じてしまう自分はもしかしたら親バカなのだろうか。


 あるいはこれが歳をとるということなのだろうか。


「全く、歳は取りたくないな」


 いっそのことあのバカ息子に若返りの秘薬を作らせて若返ってやろうか。


 そんなバカなことを考えながら私はこの先に待ち受ける未来がどんなものになるのか考えるのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] まあ世界ダンジョン協会は立ち上げメンバーからして信用できないし
[一言] ラック値が低いのは父親譲りで、その逆境をも跳ね返し勝ち上がるのも父親譲りですか。
[一言] 特別品は画期的な更なる新商品を制作する上でベースになる事実はすぐに多くの勢力にバレるのは避けられませんが 同様に錬金窯とモノクルもバレるのは時間の問題な気がする。 20億の取引の場にいた副…
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