幕間 飲みの席での交流
騙されて借金を背負ったくせに自分ではどうしようもなくて娘に助けてもらう。広い世の中とは言え、これほど情けない父親はそうはいないだろう。
何度も死にたいと思った。実際妻に止められていなければ自らの保険金で借金を返済してもらうために実行に移そうとしたこともあったくらいだ。
それでも妻や娘達に励まされて持ち直し、今は必死になって働いている。
そのおかげもあって少しずつだが借金も返済できていた。
だが娘が社コーポレーションという大きな企業に就職してから話が大きく変わってきたのだ。
それも思いもよらぬくらいに良い方向に。それほどまでに娘が稼いで送ってくる金額は大きかった。
だからこそ私と妻は心配になった。
幾ら命懸けの探索者という仕事でも始めてすぐにここまで稼げるものなのだろうかと。
もしかして借金返済のために無理をしているのではないか。
あるいは会社ぐるみの悪事にでも加担させられているのではないかと。
娘を信頼していない訳ではないが、そう思ってしまうほどの額だったのだ。
正直に言うと私なんかよりもずっと稼いでいるくらいに。
社コーポレーションというが回復薬の作成に世界で初めて成功して、娘からその事業に携わっていると聞いても安心できなかった。
どうして入社したての娘がそんな大きな事業に? もしかして治験のような形で薬の実験台になっているのではないか?
もしくは想像したくないが、会社の上司などに身体を求められたりしているのではないか?
親バカになるかもしれないが娘は妻に似て整った容姿をしている。
だからこそそういう心配も浮かんできてしまうのだった。
それらのこともあって失礼な態度であると承知してはいたが、私はどうしても娘が連れてきたお世話になっている先輩とやらを信用し切れなかった。
社会人としては正しいセールスマンのような礼儀正しい態度も、騙された時のことを思い出してより一層の猜疑心を呼ぶ始末。
彼に落ち度がないと分かっているというのに器の小さい話だ。
こんな小物だから私は騙されるなどの失敗ばかりなのだろう。
そんな彼だったが私と娘の言い争いが始まろうとした時から態度が変わった。
娘とも親しげに話をするようになった上に、なんとこちらを飲みに誘うような先ほどまでとは打って変わった砕けた態度になっている。
「……近くにいいお店はありますか?」
後ろをチラッと見た彼はそう言ってきた。見る限り背後には何もなさそうだが。
「まあ幾つかは知ってますが」
「じゃあ店選びはそちらにお任せしますね」
こんな昼間から飲んでいられないというこちらの反論などは全て却下されて半ば強引に選んだ店に入ると、彼は遠慮なくビールを頼んで喉を潤していた。
「ぷはー美味い。そっちは吞まないんですか? 昼間から飲むビールは最高ですよ」
「いやだから」
「呑めない訳じゃないのなら酒でも飲んで腹を割って話をしましょうよ。でないとそちらも安心できないでしょう?」
「……一杯だけですよ」
酒は嫌いではないし苦手でもない。
むしろ好きな方だ。
だけど借金をしてから呑むことはなくなった。
そんなことする暇があれば働かなければならないし、なにより原因となった私が酒に逃げるのが卑怯だと思ったからだ。
「ああ……美味いな」
だから久しぶりに呑んだ冷たいビールは本当に体に沁みた。
ついこの場の状況を忘れて一瞬だけその味に浸ってしまうくらいに。
だが呑むのはこの一杯だけだ。
酔って誤魔化される訳にはいかないのだから。
もっとも彼はそんなこちらの様子など気にしないで次々に色んな酒を頼んで杯を空にしていたが。いや、それにしたって呑むペースが早過ぎやしないだろうか。
こちらがゆっくり味わっているとはいえ既に五杯も空にしているぞ。
「ああ、俺は酒には滅法強いので心配はいらないですよ」
「いや、心配はしてませんけど……」
彼は一体何を考えているのだろうか。
まさかただ飲みたかっただけなんてことではないだろうし。
「そう言えば借金って残り幾らなんですか? 順調に返済が進んでいるって愛華からは聞いてますけど」
しかもこの遠慮ない不躾な質問まで投げかけてくる始末。
態度の変化が大き過ぎてついていけない。
「……あなたに言う必要はありませんよね?」
「まあ確かに一方的に聞くのは不公平かもしれませんね」
そういう問題ではないと言うとしたがその前に彼は爆弾を投下してきた。
「なのでこちらから暴露すると実は俺も借金を抱えてます。ちなみに額は二十億円です」
「ぶほ!?」
「あ、次は何を呑みます?」
最後の一口を盛大に吹いてしまったことなんて気にもせずに彼はそう言ってきた。
「いや、そんなことより二十億って嘘でしょう!?」
「いや、こんなことで嘘ついてもしょうがいないでしょう」
そこで彼からダンジョンを消滅させた罰としてその膨大な借金を背負わされることになったという経緯を話された。
ダンジョン協会のホームページなどでそのことと思われる情報もしっかりと見せられたうえで。
「それでも疑うなら愛華に確認してみてください。彼女もそのことは知ってますから」
「どうして、どうしてそんなにあっけからんとした態度でいられるんですか!?」
それだけの借金があれば家族にだって心労や苦労を掛けているはず。
それなのに彼は平然としていた。
今でもその責任で家族に負い目を感じている私とはまるで違う。
「どうしてと言われても別にそのこと自体はどうでもいいと思ってるからですよ。俺ならそのくらいすぐ稼げると思っている自信の裏返しって奴です。これでも元C級ですからね」
「……自慢ですか」
「いえ事実を述べているだけです。それに重要なのはそこじゃないんですよ」
そう言って彼は重要なここからだと述べた。
「あなたは娘にそこまでの能力がないと言いましたよね?」
「ええ、娘のことはずっと見てきましたから」
別に全ての才能がないと言っているのではない。
だが世に言う限られた一部の天才ではないのは今までずっと見てきた親だからこそ分かっているつもりだ。
「それ、間違ってますよ」
「ではあの子にそんな能力があると?」
「ええ、彼女は探索者として一流になれる素質と才能の両方を持ち合わせている非常に優秀な人材です。ウチの会社としては彼女のような優秀な原石を確保できたのは僥倖と言うほかないくらいに」
「あの愛華が……?」
「ええ、本当に他に取られなくて良かったと心から思いますよ。個人的にもね」
話の合間に彼が頼んでくれたビールが届いても、それに口を付けることなんて考えられないくらいに驚いていた。
だが自分の可愛い娘が誉められて嬉しくない訳がない。
しかも彼は愛華なら自分と同じC級くらいならなれると断言した。
それはつまり娘が彼と同じように億なんて桁違いな額をいずれ稼げるようになると言っていることと同義である。
「勿論現状ですぐにそれが出来るとは言いません。まだまだ探索者としては学ばなければならないことは多いですからね。だからウチとしてはこれまでの稼ぎなどは先行投資のつもりです」
これまでの報酬は愛華が成長したのなら十分に取り返せると判断したからこそだと彼は述べた。
そこまで会社は愛華のことを評価してくれているのか。
「もっとぶっちゃけた話をするなら俺はあなたに感謝しているんですよ。借金してくれて。だってそうじゃなかったら愛華は探索者になることもウチに来ることも選ばなかったでしょうから」
「私の失敗が結果的に良かったと? 随分と酷い言い草ですね」
「すみません。でも俺にとってはそれが事実です」
猫を被っていない彼の言葉は歯に衣着せぬ非常に聞く側にとって手厳しいものだった。
でもだからこそそれが嘘ではないのだろうと思えた。
本当は口を付けるつもりのなかった二杯目でのどを潤しながら私は彼に問う。
「娘は、愛華は本当にそこまでの才能があるのですね?」
「あります。元C級だった俺が保証します。その上で一人前になるまで俺が責任もって育てると約束します」
「そうですか……」
別に彼の言葉を全て真に受けた訳ではない。
嘘を言っていることもあり得るだろう。
「……これまでの失礼な言動の数々をお詫びします。本当に申し訳ありませんでした。どうか、娘のことをこれからもよろしくお願いします」
だけどただの会社の後輩のためにここまでやって来て、真摯にこちらを説得しようとしてくれているその彼の態度を私は信じてみようと思った。
素を見せた時の愛華も随分と彼のことを信頼している様子だったし。
これでまた騙されたらやはり自分の人を見る目はなかったのだと、その愚かさを笑うとしよう。
「任せてください。可能な限り早く稼げるように鍛えてみせますよ」
「いえ、別に稼げなくても構いません。娘はそうしたがるでしょうが私としてはあの子が自分の人生を歩んでくれるのが最優先です」
未だに娘に借金返済を手伝ってもらっている親が言えたことではないかもしれないがこれが本音だ。
別に稼げなくても私のせいで娘の人生が台無しにならなければそれでいい。
勿論こんな風に会社の上司から評価されて認められるのなら嬉しいことはないが。
気付けば私は二杯目が空になりそうになっていた。
もっとも目の前の彼は既に十杯以上も飲んでいるのだが。
「よければもう少し飲んでいきませんか? 余計なお世話かもしれませんが、愛華もあなたが借金してから脇目も振らずに働くばかりで心配していますよ」
愛華は私が借金をして騙されて以来、あまり他人を信用しなくなった。
表向きは愛想よくしていてもどこか線を引くようになったのだ。
親としてはそうなるようにしてしまって申し訳ない限りである。
(あの子がそんな愚痴を零すくらいにこの人のことを信用しているのか……)
「……分かりました。もう少しだけ付き合います」
彼からは会社に入ってからの娘のことについて色々と教えてもらった。
酒が進むにつれて私も過去の娘のあれこれや自分の借金状況なんかもつい口から零れ出る。
「へー借金がなかったら店を開きたかったんですね」
「ええ、老後は妻と二人で喫茶店でも開いてのんびり余生を過ごすのが夢だったんですよ」
もっともそれは叶わないだろうが。
開店資金を集めるなど今のままでは夢のまた夢でしかないのだし。
「ふーん……仮にですが今すぐに借金も返済して開店資金なども手に入るとしたらそういう店を開く気はありますか?」
「はは、もしそんな夢みたいな話があるのなら是非ともお願いしたいくらいですよ」
「なるほど、それは良い話を聞きました」
そんな世間話も挟みながら久しぶりに呑み明かす。
気付けばかなりベロベロになって彼に肩を借りる始末だ。
「いやーもうしわけない。久しぶりで酔っ払ってしまったみたいだ」
「いえいえ、これからも仲良くしてもらうので気にしないでください」
そんな形で家に帰ってそのまま私は眠ってしまった。
目が覚めた翌日には彼は帰ってしまっていたので、娘に改めて謝罪の言葉を伝えるように頼む。
勿論娘に対して信用していないかのような発言をしてしまったことについても誠心誠意謝った。
「さてと、また頑張りますか」
才能があるとされた自慢の娘に頼ってばかりではいられない。
自分がこさえた借金なのだから本来は自分で後始末を付けるべきもの。
そう思っていた働きに出ていたのだが数日後、話は急展開を迎えることとなる。
「ねえ、あなた。これはどういうことかしら?」
「いや俺に言われてもな……」
まず私から金を騙し取って逃げていた奴が捕まったという報告が急に警察から届けられたのだ。
これまで雲隠れして足取りが全くつかめていないという話だったのに。
もっとも騙し取られた金は既に使いこんでしまったらしく、大半が戻ってこない可能性が高いそうだが。
ただしすぐその後に、まるでそれを分かっていたかのように社コーポレーションから資金を全て会社側が出すからとある店を経営してみないかというお誘いがあったのだ。
なんなら残っている借金についても肩代わりしていいという意味不明な好条件付きで。
(もしかしなくてもそういうことだよな……?)
どう考えてもあの酒の席での冗談のような話が原因だろう。
他に心当たりなどないし。
あまりにも都合が良過ぎる話に躊躇っていた私だったが、娘による熱烈な後押しもあって最終的にはこの提案を受けさせてもらうことにした。
こうして私達夫婦は諦めていた夢を叶えることができるのだった。
もっともその様相は当初描いていたものとはかなり違ったものとなったが。
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