幕間 愛華の本音
やらかした。それが頭の中を占めている。
「先輩の前なのにマジ切れしちゃった。もう最悪。恥ずかしー」
しかもその相手が自分の両親である。
あのまま行けば確実に親子喧嘩が勃発していたので止めてくれたのは助かったが、醜態を晒したことには変わりないので羞恥心がヤバイ。
先輩だったからこそ会社の人の前でやらかしたことについては問題にならないだろうが、別の意味では大問題だ。
そう思って久しぶりの実家の自分のベッドの上でバタバタと手足を振って悶える。
「いつまでそうしてるのよ」
「うるさいなあ。てかお母さん達のせいでもあるんだからね!」
先輩は昼間だというのに父を連れてどこかへ飲みに行ってしまったので家にいるのは母だけだ。
他の弟などもまだ帰ってこないみたいだし。
「もう、電話で散々説明したのに全く信じてくれないんだから」
「悪かったとは思ってるわよ。でもあんな額をいきなり送られて、はいそうですかって受け取れる訳ないでしょう。お父さんなんて特に責任を感じてるんだから」
「それは分かってるけどさあ」
父は私が探索者をやることにも大反対だった。
それを半ば強引に押し切ったからこそ父は今でも責任を感じているに違いない。
娘が探索者なんて危険な職業を選んだのは自分が不甲斐ないからだと。
だからこそああして心配するのだ。それが今回の私にとっては行き過ぎているのだけど。
「それにしてもあの八代さんって人、会社のお偉いさんだって話だったのに随分とあなたと親しそうだったわね」
「そう? まあお世話になってるし仲良くしてもらってるけど」
「それだけ?」
「……何が?」
何が言いたいのか分からないという態度を貫いたつもりだったが、生まれてからずっと私を見てきた母には通用しなかったらしい。
「へえ、なるほどねえ。これは孫の顔が見れるのも近いかしら」
「母さん!」
「はいはい、これ以上余計なことは言わないですよ」
そう言って母は夕ご飯の準備に取り掛かるために去っていった。
「ああ、もう!」
顔が熱くなっているのが分かる。
孫とか何を言い出すのか。私と先輩はそういう関係ではない。
けれど全くそういう気持ちがないかと聞かれれば答えに困ってしまう。
だって先輩と一緒にいるのは本当に楽しいのだ。
それこそ今まで生きてきた中で体験したことのないくらいに。
勿論全てが楽しい事だけではない。
探索者としての訓練は痛い思いをたくさんするし、先輩は色んな面でぶっ飛んでいるから困ることだって腐るほどある。
さっきみたいに五百万円もする回復薬を投げたときなど肝がどれだけ冷えたことか。
それにこの先、回復薬やスキルオーブなどが関わる問題は多発することだろう。
それこそ日本どころか世界中を巻き込んだ騒動になる気がしてならない。先輩はそれが分かった上で止まらないだろうし。
だがそういうことを全て含めた上で私に残る思いはやっぱりワクワクするとか楽しいというものだった。
あれほど付き合っていて飽きない人は滅多にいないと言い切れるくらいに、あの人の生き方やその周りは波乱に満ちている。
そしてそれに段々と魅せられている自分がいるのだ。
きっと椎平さんも朱里さんもこれにやられたに違いない。
危ない男ほど女は惹かれるとはよく言ったものだ。
その上で稼ぐ能力もあるので甲斐性もバッチリある。
私の欠かせない重要なポイントもしっかり押さえている訳だ。
これでそういう思いが全く芽生えない方が無理である。
でもそれを素直に認めるのはなんか悔しい。
あっちは色恋沙汰なんて欠片も興味ない感じなのにこっちばっかり意識したら色々と負けた気がするのだ。
それにそういうことに傾倒してやるべきことを疎かにする方が先輩的には評価が下がる気がする。
「あーやだやだ。あの時は椎平さん達をからかってたくせに」
今は自分もからかわれる立場なのかもしれない。そう思うと心境の変化に驚かされる。
前の時も別に好意的には思っていたが、そこまでではなかったというのに。
そんなことを考えながらベッドでゴロゴロしてしばらくすると、飲みに行っていた先輩と父が帰ってきたようだった。
玄関に迎えに行くと酔っ払って上機嫌そうな父と、それとは対照的に欠片も酔っていない様子の先輩がいる。
「おかえりなさい。あらまあ、久しぶりにこんなに酔っ払った姿を見たわね」
母が酔った父を出迎えて介抱している。
そんな母に父を預けた先輩がこちらに視線を向けた。
目が合った瞬間にドキッとしたがそれはひた隠しにして平静を装う。
大丈夫、今は余計なことを考えていたから変に意識しているだけ。だからすぐに元に戻るはず。
そう思っていた私だったがその状況は思っていた以上に早く訪れた。
「喜べ、愛華」
「な、何をですか?」
「俺が考えた新しい店をお前のオヤジさんに管理してもらうことにしたから」
「はい?」
甘酸っぱい雰囲気など秒で吹っ飛んだ。
いきなり何を言い出すのだろうか、この人は。
というかまさか酒の席でそんなことを決めてきたというのか。
いくら常識外れの先輩でも勝手にそんなことを決めるとは思えないので、父の了承は得ているはずだ。
だとしたら一体この短い間に何があったのやら。
「先輩、酔ってます?」
「残念ながらこの程度だとほろ酔いにもならないよ」
「ですよね。じゃあ素面でそんなこと言ってるんですか。……バカですか?」
そう言いながら自分が笑っているのが分かる。
本当にこの人は一緒に居て退屈する暇もない世にも奇妙な変人奇人の筆頭格だ。
「まあいいですよ。先輩がそういう人なのは分かってますし、なにより稼げるんですよね?」
「おう、バッチリな。なにせ世界で俺達だけしか出せない店になる予定だからな」
「なら仕方ないですね。私も協力します」
先輩が悪い顔で笑っている。本当にそういう顔が似合う人だ。
でもきっとその奇人の影響をモロに受けている私もきっと悪い笑顔を浮かべているのだろう。
そのことが全然嫌でなく心地よく感じる辺り、やっぱり私はもうダメなのかもしれなかった。
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