第五話 探索者講習会 実地訓練その1
座学の次に実地訓練とは早過ぎないか。そういう意見もあるのは分かっているが何事も経験してみないことには始まらない……ということにしておこう。
それに強制はしていない。あくまで早く一人前になりたいのなら辛いかもしれないけどこういう方法があると提示して、その説明を受けた上で相手が了承したのだから何も問題はない。ないったらない。
(仮にあっても責任を取るのは社長ということで)
そんなこんなでやってきました、ダンジョンに。ここは東京の世田谷区にあるダンジョン。
ここは最も危険度が低いG級ダンジョン。出てくる魔物も雑魚ばかりで初心者にもってこいの場所だ。
ダンジョンと探索者の区分はGからAの段階で区分されていて現状ではAが最高となっている。
噂ではAの枠組みを超えるようなダンジョンが現れた場合はS級も出来るとか眉唾のものもあるが、まあ現状ではそんなものはないので気にしても仕方がない。
そもそもA級ダンジョンもA級探索者も世界で数えられるくらいしか存在していないのだ。そんな遥か雲の上の存在を気にしていても今はしょうがないのでこの場では目の前の現実と向き合うとしよう。
「このダンジョンで出てくる魔物はビッグラット。言ってしまえば多少大きなネズミです」
ステータスカードがなくても倒せる魔物筆頭格。動きに注意して踏みつけてしまえば終わりだからだ。まあそれなりに鋭い歯に噛まれたら怪我するが、そうなっても大丈夫なように会社の経費で用意した傷薬が十分あるので問題ない。
それに多少は痛い目を見ないと調子に乗る原因になりかねないので、そうなっても我慢してもらうとしよう。勿論なるべく怪我がないようにするけど。
「まずはステータスカードを持っていない人に獲得してもらうことから始めます」
獲得するには魔物を倒す必要があるのだがそれは俺がサポートすればいい。先頭を歩いてビッグラットを発見する度に素手で掴んで持ち上げる。
無論ビッグラットも無抵抗ではないが初心者ならともかくランク34の俺はたとえ噛まれてもステータス差があり過ぎて傷一つ負わない。その身動きできない状態のビッグラットに各人に用意した装備で攻撃してもらって仕留めるだけ。
「ご、ごめんなさい!」
「ああ、気にしないで。全く問題ないから」
狙いを誤って俺の手に攻撃してしまった新入社員が慌てて謝ってくる。だがその攻撃も俺にとってはビッグラットの抵抗と同じで無意味なので気にする必要はない。
持っていたメイスで思い切り叩いたのに痛がる様子も見せないので戸惑っていた彼女だったが、その後は問題なくビッグラットを攻撃して無事ステータスカードを獲得していた。
「あの先輩、本当に大丈夫なんですか?」
「ああ、無理している訳でもないから心配しないでいいよ。ほら」
五十里 愛華という新人は痣一つない俺の手を見て驚いている。
「これがステータスの恩恵ってやつなんですね。講習会とかで聞いてはいましたけど実際に見るとやっぱり驚かされます」
「まあ普通の人間があんなふうに指を叩かれたら痛みで悶絶するし当たり所が悪ければ骨が折れるだろうね」
そんなちょっとしたアクシデントを挟みつつ無事に全員ステータスカードを獲得することに成功した。何人かは魔物を殺す段階になって抵抗が出てきたり実際に手を掛けたことで気分を悪くしたりと全て完璧ということはなかったが、これは本人の性格とか適性があるかどうかの問題なので俺にはどうしようもない。
アドバイスがあるなら慣れろとしか言えない領域なので。
「それではここからは魔物との実戦に移ります。まだ怖い人や止めたくなった人は遠慮なく言ってください」
実際に経験してみて躊躇が生まれたとかで何人かは予定を変えて今回は見送ることにしたようだが、まあこのくらいなら予想範囲内だ。
残ったのは全部で八人。五人が鳳などの探索者資格を元々持っていた奴らなので残り三人は今日ステータスカードを手に入れたばかり初心者の中の初心者になる。
(ランク6の鳳、ランク4の小島と森嶋とランク3の佐々木と元山か)
「よろしくお願いするっス、先輩」
前の時はこちらを舐めた様子だったのは鳳だけだったが、今はこの全員が同じような感じになっている。鳳辺りが話を広めたってところだろう。
初心者は先ほど俺の手を叩いた五十里と研究員の三木。この二人だけ女性だ。
そして何故か座学の時にはいなかった外崎さんがいる。てかこの人、回復薬の研究に忙しかったはずなのにこっちに顔を出す暇があるのだろうか。主任ってそれなりに偉いんじゃないのか?
「三日も寝ないで研究しても問題ないのは魅力的ですからね。頑張りますよ」
「私も研究のために頑張ります!」
やる気満々の研究バカ二人の目的は明白なのでそのまま頑張ってもらおう。会社的にも自分で素材を取ってこられる研究員がいてくれれば非常に助かるだろうし。
「五十里さんは本当に大丈夫だね? ここからは怪我することもあり得るよ」
「何も分からない初心者で申し訳ないですけど迷惑でなければお願いします」
「いやいや、やる気があるのは助かるし迷惑なんてことはないから大丈夫だよ。頑張って」
「はい!」
彼女がこれだけ頑張る理由については入社時の身辺調査で調べがついている。
(家族の借金返済のためだったか。まあ探索者はちゃんと活動できれば儲かるからな)
金のためにやるのが汚いとか言うつもりは毛頭ない。それが活動の原動力になるのならこちらとしては全く構わないのだ。逆にそれだけ稼ぐ意欲があればそのために努力するだろうという期待もある。
「さてと、それじゃあ行こうか」
実地訓練はここからが本番だ。
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