幕間 後輩が見た勇姿と似た者親子
瞬く間に襲撃者を撃退していく先輩の勇姿は、幸か不幸か私の眼ではまともに追い切れなかった。
返り血も浴びることなく最初の三人を仕留めたと思われる先輩は、逃げようとした一人もすぐに戦闘不能に追い込んで、最後の取り巻きは味方にやられる始末。
あとはこの襲撃を企てた張本人である森本修二を捕らえるだけ。
そのはずだったのに何故か先輩はそうしなかった。
それどころか相手が強化の薬を飲むのを待つ始末。
「あのバカ息子、計画のこと忘れて楽しみ始めてるな」
社長でもあり先輩の父親でもある八代明石さんがそう私の隣で呟いた。
最初の爆発は先輩が盾になってくれたので私達に怪我はない。
あっても回復薬で治療しただろうけど。
だから今の私達は計画通り邪魔にならないところからその光景を撮影しているのだ。
「大丈夫なんですかね? あの薬って先輩が試練の魔物に挑むために用意した奴ですよね?」
「あのバカ息子は色々とやらかすけど、肝心なところでは間違えないはずだ。ましてやこんなところでやられるなんてバカなことはあいつも更々御免だろうから、適当に楽しんだら終わりにするだろう……たぶん」
実の父親がそう言うのなら信じるしかないか。
仮にそれが間違っていても私なんかがどうにかできるとは思えないし。
でもどれほどの効果を持つか詳細は知らないが、あの先輩が用意した秘策なのだ。
どう考えてもその効果が強烈であることは想像に難くない。
そしてそれが正しかったことが次の瞬間には証明された。
これまでとは全く違う速度と力強さで森本修二が先輩へと肉薄したからだ。驚くべきはそれでも先輩は歯牙にもかけない様子で撃退してみせたことだろう。
でも先輩はまだまだ楽しみ足りないのか二重強化をするように相手を煽っている。その上でまたしても相手を上回ってみせるのだからもはや意味が分からない。
「同じくらいのステータスって言ってるのにどうしてあそこまで差が出るんだ?」
「先輩曰くステータスを扱う技量を伴わないと結局は宝の持ち腐れらしいです」
しつこいくらいに何度も教えられてきたことだ。だけどそれが正しいことをこうして見せられた以上は納得するしかないだろう。
だが先輩はまだ満足しない。
自分が死にかけた禁じ手の三重強化をするかどうかを相手に尋ねる始末だ。
(この人、本当におかしいって!)
呑気に相手が強化されるのを待っていないで早く決着をつけてほしいのが正直なところだ。
いくら私達には転移石を渡してあるからとは言え、必要のない危険な橋を渡らないでもらいたい。
だがそんな望みを先輩が聞いてくれるはずもなく禁じ手は邪魔されることなく行われてしまった。
先ほどまででステータスはほぼ互角となったらしいから今は敵が完全に上回っているだろう。
敵もそれを確信したのか勝ち誇った高笑いをあげる。
「ふはは、ははははは! 凄まじい力だ! これなら負ける訳がない! 今の俺は最強だ!」
「御託はいいから早く来いよ。その状態は長くは続かないぞ」
それでも余裕の態度を崩さない先輩は頼もしいやら恐ろしいやら。
負ける気なんて更々ないのが嫌でも分かる。
「……いいだろう、そこまで死にたいというのなら死ぬといい!」
決着の時は一瞬で訪れた。
私の眼では完全に追い切れなかったから理解できたのは結果だけ。
でもそれはこれ以上ないくらいに分かり易いものとして目の前に広がっていた。
「ば、バカな……」
「幾ら速かろうと動きの癖が分かってしまえば読むことはできる。しかも今の俺にはこの眼があるからな。バカ正直に真正面から突っ込んでくるなんて丸見えだっての。ご苦労さん」
相手の斧は地面に叩きつけられていて先輩の剣は敵の腹部に突き刺さっている。それでもまだ相手が死にそうにないのは強化されたHPのおかげだろうか。
「やっぱりステータスだけの相手だとダメだな。それでも最近の雑魚よりは楽しめたけど」
「ぐ、ぐおおおおおおお!」
まだ終わっていないと言わんばかりに腹に剣が刺さった状態でありながらで森本修二は何かしようとする。
「いや、もういいよ」
だけど先輩は無慈悲だった。
恐らく敵が何かする前にその顎を下から打ち抜くように蹴り上げたのだろう。先輩の足が一瞬ブレたように消えた気がする。
その蹴りを受けて宙に浮いたその身体が落下を始める前に敵の顔面を掴んだ先輩はそのまま地面へと後頭部から勢いよく叩きつける。
更には腹に突き刺さっていた剣を乱暴に引き抜くと、杭のように地面ごと胸に突き刺して動けないようにした。
その上で地面にめり込んだその頭部でも見えるよう、ゆっくりと見せつけるように高く踵を掲げる。
私にはそれが死神が死を告げる刃を振り上げているかのように見えた。
「や、やめ!?」
私の眼では取らえ切れなかったが、制止の声を最後まで発することは許さずその一撃は振り下ろされたようだ。
次の瞬間、轟音と共にその凄まじい威力を物語る衝撃がこちらまで伝わってくる。
見れば足が振り下ろされた相手の頭部周辺の地面が罅割れている。
いったいどれだけの威力が込められた一撃なのやら。
「う、うう……」
「まだ動けるのか、流石は三重強化だな。でももうそろそろタイムアップだ」
そう言って先輩は敵に背を向ける。
「ああ、その剣は冥土の土産にやるよ。安物だけどお前にはピッタリだろうから地獄まで持っていくといい」
最後にそれだけ告げて視線を向けることなく爆裂玉とやらを放り投げながら。
「ぎゃああああああ!」
その爆音に紛れて断末魔の叫びが聞こえた気がしたが、興味を失った先輩はもう見向きもしなかった。
「それで必要な映像は撮れたよな?」
「いや、それは撮れましたけど……」
むしろ流せないショッキングな映像までバッチリ取れてしまった気がする。
「なら良かった。ちょっと楽しくなって計画とは違うことしちまったからちょっと心配だったんだよ」
「ったく、このバカ息子が。心配するこの子の身にもなれ」
「いや、それについては悪かったって」
社長が息子を叱っている。
(そうそう言ってやってください!)
そう心の中で応援していたのだが私は分かっていなかった。
この八代明石という名の人物はこの先輩の実の父親なのだということを。
そう、だから散々叱った後に社長がやりだしたことが、かつての先輩とよく似ていたのもある意味では必然だったのだろう。
「さて説教はここまでにしてやることを済ませてしまおうか」
「やることですか? ああ、外で警察とかに通報するんですね」
「それもあるがその前に……よっと」
そう言いながら社長は先輩から受け取った剣で自分の腕に傷を付け始める。
「ええ!? 何をやってるんですか!?」
「いててて……。いや、襲撃されて全員無傷だと話が出来過ぎだからな。それに怪我人が出た方が責任を追及しやすくなる」
止めようとする常務を振り切って病院で診断書をとったら回復薬で治すから問題ないと言い切って社長は自傷をしてみせた。
更には先輩まで同じことをする始末。
「よし、お疲れ!」
そんな軽い言葉で終わらせようとする自傷した社長と先輩を見て私は確信した。
この親子は絶対に似た者同士だと。
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