第十五話 禁じ手による強化
ここからスカッとする展開が章の終わりまで続く予定です!
このまま終わらせよう、そう思っていた俺だったが森本修二がバッグから取り出したアイテムを見て足を止めた。
「お前……それまでパクってんのかよ」
「う、うるさい! 俺が、俺がお前如きに負ける訳がないんだ!」
喚き散らすように叫びながら奴はその薬を口にした。
それはステータスブースト薬。かつて俺が試練の魔物と戦うために用意していた秘策の一つだ。
どうやら奴は追い詰められたことでリスクのあるそれに頼る決断を下したらしい。
「力が、力が漲るぞ! これならお前にも負ける訳がない!」
飲んだのはSTRブーストポーションのようだ。あれは飲んでから一定時間の間だけSTRを30上昇させる代物である。
いきなりそれだけステータスが上昇すれば、慣れてない奴がそれによって得られる万能感もかなりのものなのだろう。奴はどこか恍惚とした表情を浮かべている。
その隙だらけの身体に軽く蹴りの一撃を叩きこんでやった。
かなり加減しているのでこれで終わりはしないだろう。
「ぐほ!?」
「ほら、ボンヤリしてないでVITも強化した方がいいんじゃないのか?」
あえて追撃はしないで待ってやる。
「う、うるさい! いいさ、やってやろうじゃねえか!」
やはりと言うべきか奴は各種ブースト薬も持ち出していたようだ。アイテムバッグというアイテムボックスと似たような効果を持っている貴重な物から次々とそれらを取り出して服用していく。
全てを飲み干したので全ステータスを30強化している訳だ。
これで一重強化。
「これでどうだ!」
「さっきよりは大分マシになったな」
けどまだ足りない。これまでの感じからして元々のステータスはどれも20から30ないくらいだと思うから、30の強化ではまだまだ俺には届かない。
他人の剣を強化されたステータスで遠慮なく振ってくるが全てを見切って躱し切る。
その上で適当に反撃をしてその身に力の差を教え込んでやった。
「何故だ、何故まだ勝てない!?」
「それを敵に聞くなよな。まあ答えてやるけどまだステータスが足りてないからだよ」
勝てない焦りで動きが雑になったところ見逃さずに腹部に掌打を叩きこむ。
その威力に踏み止まれなかった奴は周囲の墓を破壊しながら転がっていった。周囲のグールなど巻き添えで死んでしまう置物でしかない。
「もう終わりか?」
「まだだ……!」
その執念深さだけは称賛に値するかもしれない。
奴は起き上がると更にブーストアイテムを取り出す。
「おいおい、二重強化は俺みたいに身体に後遺症が残るかもしれないぞ? でもそれをやれば俺のステータスとほぼ互角になれるけどな」
「黙れ! 俺は何をしてでも勝利する! そうだ、俺は選ばれた存在なんだよ!」
ブーストアイテムによってMIDも上昇しているから薫が掛けた暗示も解けているはずなのにこの態度。
どうやら初めからこいつはこういう性分だったようだ。
そうして奴はかつての俺と同じように副作用を恐れずに二重強化へと舵を切った。
これでステータスの差はほとんどなくなっただろう。
これまでとは比べ物にならない速度で迫ってくる斬撃は、当たればダメージを負うのは避けられない。
「そうだ、それでいい!」
ゴブリンやサハギンなど必要があったから戦いにすらならない相手をこれまでは狩ってきたが、やはり闘争という意味では何も面白くなかった。
退屈していたと言っていい。
だから自分の命を脅かす一撃を放つこの敵は、一月以上も前の試練の魔物戦以来のまともな戦いだ。それに心が躍る自分がいるのはやはりイカれているのだろうか。
(どうでもいいか。それが俺なんだから)
ステータスそのものでは互角くらいになっているのでそこでの差異はほとんど生じないはず。
つまり差が出るのはそれ以外の面での話となる。
剣戟を躱しながらお互いに敵を仕留めようと動き続ける。
ステータス任せで乱暴に振り下ろす一撃を半身になって最小限の動きで回避する。その剣が勢い余って地面に突き立ったところを見逃さずにその剣を掴む手に蹴りを叩きこんだ。
「ぐう!?」
「得物を手放して良いのか?」
その一撃を受けて奴は無手になったのでリーチはこちらが上となる。奴もそれが不味いと分かっているのかすぐに剣を拾おうとするが、それはこちらが振るう剣で牽制してやらせない。
そうして剣を拾うことも出来ずに慌てて下がったところに、あらかじめ準備していた水銃をその眼に向けて発射してやった。
眼球という人体の急所への攻撃にギョっとした奴は大きく仰け反ってその水の弾を回避してしまう。
今のステータスなら眼球に当たったところで傷もつけられないレベルⅠのスキル攻撃だというのに。
それによって出来た隙を逃さずに俺は水銃に続いて爆裂玉を投じていた。
「しまっ!?」
仰け反った態勢で身体に迫る爆裂玉を躱そうとするが間に合わない。
どうにか両腕を盾としてその爆発を防ごうとするが無傷とはいかなかった。
だがそれでも奴は爆風で後ろに吹き飛ばされて出来た時間でアイテムバッグから新たな武器である斧を取り出していた。
「くそ! くそが!」
「動きが雑になってきてるぞ」
何度も斧を振り回し、振り下ろし、どうにかして俺に攻撃を当てようとしているが痛みと焦りで単調になった攻撃など当たりはしない。
大きく振りかぶったタイミングを狙って前蹴りをカウンター気味にその腹に叩きこんでやる。
ゴロゴロと転がる奴だったが今度はすぐに起き上がらなかった。
「どうして、どうしてこちらの攻撃が当たらないんだ!?」
蹴られても爆発に吹き飛ばされてもそれほどのダメージを負った訳ではないのでまだ動けるはず。
だが奴は膝をついたまま立ち上がろうとしなかった。
薬によって全能感を得るほどの高まったステータスでも攻撃は掠りもしない。
その事実にどうしたらいいのか分からないのだろう。
やはりこれだからステータスだけの奴はダメなのだと再認識させられる光景だ。
(INTやMIDだって高まって頭の回転や精神力も強化されているはずなのにこれだからな)
その上、段々と動きの癖なども掴めてきた。となればこれまで以上に一方的な戦いになるのは避けられない。
「どうする? もう一重の強化に踏み込むか? それをやったら俺のように全てを失うかもしれないけどな」
「……うるさい、ここで負けたらどうせ全てが終わりなんだよ! 俺は、俺は絶対に勝つんだ!」
こちらの挑発に乗せられたのか奴は禁じ手の三重強化に踏み込む決意を固めてくれる。
(本当にこいつは操り易いな)
それこそが俺の思惑だと知らずに奴は最後の踏み出してはいけない一歩を踏み出してしまうのだった。
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