幕間 とある幸運なF級探索者(22歳男性)の証言 後編
次の更新は12時の予定です。
キングサハギン。それはこのダンジョンのダンジョンボスだ。
だからそいつがこのダンジョンに居ること自体はおかしくはない。
だがこの場に現れたのは明らかに異常事態だ。
こいつは海の中のサハギンの城の最奥に居てそこから動かないはずだ。
だから討伐するためには水中に潜る装備やアイテムが必要で、それらがなければこのダンジョンで出会うことは絶対にあり得ない。
だというのにそいつは俺達の目の前に確かに存在していた。
そしてただ現れただけで終わる訳がない。
「な、なんなの。何が起こっているの?」
腕の中の彼女はこの不味い状況がまるで理解できていないのか困惑するのみ。
可能なら話してあげたいところだが呑気に説明している暇は存在しなかった。
「ギョギョー!」
キングサハギンが鳴き声を上げると、その巨大な身体の周囲にどこからともなく水の球が現れる。ここは完全な陸地で海まで十分な距離があるというのに。
「くそ!」
俺は必死に彼女を抱えて逃げる。スキル攻撃が来る前にどうにかして転移陣に逃げ込めれば生き残れると信じて。
背後に幾つもの水の弾丸が容赦なく着弾しているのが見なくても分かる。だが振り返ってそれを確認している余裕などありはしない。
(あと少し。あと少しで!?)
既に俺達以外は転移陣の中に入って早く来いと叫んでいる。そこにもう少しで辿り着けるというところで運が尽きたのか足に衝撃が奔った。
足を撃ち抜かれた。これでは走れない。
「ぐうぅ!」
「ねえ、大丈夫!?」
大丈夫な訳がないだろう。
だがそのこの場においては呑気過ぎる言葉が心配から発せられていると思えば悪くない。
「走れ! 俺が食い止める!」
「え、でも!」
「いいから行け!」
まだ走れる彼女を突き飛ばすように先に行かせて俺は盾を構えてその背中を守る。
(くそ、俺の最期はこんな形なのかよ)
幸いだったのはキングサハギンの狙いは逃げているだろう彼女ではなく、歯向かおうとしている俺に向いていることだ。降り注ぐ水の弾丸が盾に当たる度にとんでもない衝撃が腕に来る。
その威力もさることながら速さも通常のサハギンとは比べ物にならない。必死に集中してどうにか盾で防ぐのでもやっとだ。
その度に後ろに吹き飛ばされそうになって盾もベコベコに変形していく。
(もう、無理か)
防げた弾丸の数はそう多くはない。
だがそれでも彼女が逃げる時間くらいは稼げたと思いたい。背後を見る余裕もないのでそう願いながら俺は躱し切れない弾丸が頭に迫るのを感じて、
「危ねえ! ギリギリ間に合ったな」
その不可避の弾丸がいとも容易く斬り払われるのを目撃した。
「ふう、生きてるよな」
「あ、あなたは?」
こんな過疎ダンジョンに自分達以外の探索者がいるとは思いもしなかった。
それもあの弾丸を簡単に斬り払えるような腕の探索者が。
「見る限り命に係わる傷はなさそうだな。けどその足だと走るのは無理そうか?」
「はい、ちょっと無理そうです」
恐ろしいのが水の弾丸を片手間に剣を振るうだけで弾きながら彼が平然とそんなことを聞いてくるところだろう。
キングサハギンもムキになっているのか先ほどよりもその数どころか速度も威力も増しているように思えるのに、それを彼は全く意に介していない。
「分かった。それならまずはあいつを片付けよう。その方が彼女さんも安心するだろうからな」
「か、彼女?」
誰のことかと思ったがそれを聞く前に背中に衝撃を受ける。
振り返ると何故か逃がしたはずの彼女が抱き着いてきていた。
「命懸けで恋人を守るなんて良い男じゃないか。その根性、気に入ったぞ」
「え、いや、その、恋人では……」
すぐに否定するべきなのに何故か否定しきれなかったこちらの言葉を聞くことなく、彼はキングサハギンとここで初めてちゃんと対峙した。
「それでこのボスはなんで城から出てきたんだと思う?」
「わ、分かりません。こんなこと、聞いたこともないですから。でもなんだか怒っているように見せませんか?」
執拗にこちらに水の弾丸を放っているキングサハギンはそんな風に見えた。
「だよな。……やっぱり手下を殺し過ぎたのが原因か?」
「え?」
「いやなんでもない。とりあえずすぐ片付けるからそこで待っててくれ」
そう軽く言った彼の姿がまるで消えるように見えなくなった。
俺の眼ではその影を追うのだけでやっと。その影は放たれる水の弾丸の雨霰なんて物ともせずにあっという間にキングサハギンの下まで辿り着くと、次の瞬間にはキングサハギンの首が刎ねられていた。
宙を舞うキングサハギンの頭部は何が起こったのか理解できていないのか怒りの表情を浮かべたままだった。そしてそのままボスを討伐した際に出る光の粒子となって消えていく。
コロンと地面に落ちた魔石が間違いなく討伐したことの証明だ。
だというのに俺はその光景を受け入れるまでに時間が掛かった。
(キングサハギンって場合によってはE級ダンジョンに出るような魔物だったよな。それを一撃で?)
しかも要した時間はごく僅か。一瞬と言い換えてもいい。
どれほどの腕があればそんなことが可能なのか俺ごときでは見当もつかない。
唖然とするしかないこちらの心情を知ってか知らでか、彼はキングサハギンの魔石を回収するとなんてことない様子で話しかけてきた。
「足はキングサハギンの水銃で撃ち抜かれたんだな?」
「え、はい。そうです」
「分かった。ならこれを使え」
手渡しきたのは何かの薬だ。だが明らかに傷薬ではない。
「まさかこれって」
「回復薬だ。だから安心しろ、そのくらいの傷ならすぐに治る」
「いやそうじゃなくて、助けてもらった上にそんな高い物まで貰えないですって!」
「別に代金を請求するなんてことはしないからさっさと使え。下手な遠慮しても恋人に心配かけるだけだぞ」
その視線の先には未だに背後から抱き着いてきて離れない彼女がいた。
あのまま逃げれば良かったのにわざわざ戻ってきたことといい、本当に心配してくれているのがその泣きそうな顔を見るだけでも分かる。
そんな両者からの説得を受けてまで抵抗できるほど意思の強くない俺は、無事に怪我を治すことに成功する。
彼が半ば強引に封を開けて押し付けてきた回復薬は、数十分後にはただ液体になってしまうだけだったろうし。
助けてくれた彼には何度もお礼を言って、今は無理だがいずれ代金を支払うといったのだがそれは断固として拒否されてしまった。
ただその代わりと言って幾つかのお願いをされる。
まずここで起きたことの詳細は可能な限り周囲に話さないでほしいということ。
具体的にはキングサハギンと遭遇したことは協会に報告しても構わないが、彼が助けたことや討伐したことなどは内緒にしてほしいとのことだ。
仮に協会に報告しても称賛される行いでしかないはずなのに面倒事になるのは困ると彼が言うので従うことにした。事情はよく分からないが命の恩人に迷惑を掛けるのは本意ではないので。
「それともし将来、企業と契約する気があって条件が合いそうならうちの会社に連絡してみてくれ。悪いようにはしないから」
手渡された名刺に書かれた企業を見た時は度肝が抜かれたものだ。
まさか探索者界隈どころか一般でも名の知られている社コーポレーションだとは誰が想像できようか。いやできるわけがない。
まだ探索を続けるという彼とはそこで別れた。どうやらあの程度では疲れもしないらしい。
反対に意味の分からない出来事の連続で疲労困憊な俺達は帰還することにした。これは夢ではないかという思いを捨てらないまま。
そして戻ったところの監視員にキングサハギンが突然現れて襲われたことだけを報告する。彼の望み通り助けてくれて討伐済みなことは伏せておいて。
「中に入ってるのはあと誰だった?」
「えーと……ああさっき話してた例の元C級の探索者だけですよ」
「ああ、そうだったな。まあ元C級ならキングサハギンくらいなら問題ないだろう。それにしてもG級ダンジョンで再出発した矢先だろうに彼も運がないな」
(元C級だって?)
それならあの強さにも納得だ。でもどうして元なのだろう。
昇格することが困難な代わりに降格することなど早々ないはずなのに。
「元C級ならLUCもそれなりに高そうなのに不思議ですね」
「分からんよ。もしくはリアルな運はLUCでもどうしようもないんじゃないか? ……ん、君。まだ何かあるのかい?」
そんな監視員たちの会話が聞こえてきて気になったせいで凝視してしまったのが不味かったらしい。
「いや、その、俺達以外にもまだ中に人がいるんだなって思って」
「ああ、心配してるのか。大丈夫、準備が出来たらすぐに警告しに行くから。それにその人物は腐っても元C級だから、もしかしたら警告する必要もないかもしれないくらいだ」
「そうですか、安心しました」
この後、元C級という情報と受け取った名刺にあった名前ですぐに命の恩人が誰だったのかは調べられた。
調べて出てきた八代夜一という男の人物像は、とあるG級ダンジョン消滅の原因となったとして協会から降格処分と多額の賠償金を負わされた悲劇の人物というものだ。
ネットでも一時期噂になって落ちぶれた錬成術師なんてひどい名前を付けられてもいた。
(あのキングサハギンを瞬殺した人が? どう考えても違うだろ)
そう感じた俺が帰ってまずやったことはなけなしの貯金で社コーポレーションの株を買うことだった。
現在でも業績は好調なようだし、あれだけの人が所属しているのならそれが今後も長く続くと思ったからだ。
更に幸運なことにあの時助けた彼女、由佳里とはその後も順調に交流を重ねて付き合うことになり最終的には結婚することになる。
(本当にあの人と社コーポレーションには足を向けて寝られないな)
あの日の幸運な出会いによって最愛の妻と企業契約を交わした探索者という安定して稼げる立場も手に入れられた俺は、彼らと自分のLUCばかり高かったステータスに感謝するのだった。
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