第七話 少しだけの独白と逆襲の狼煙
修練を終えて寺に戻った俺を龍道寺先生は迎えてくれた。
「それでお前さんがあそこに籠るということは悩みがあったんじゃろう? それに区切りはついたのか?」
「流石先生ですね。お見通しですか」
「ほっほっほ。伊達に歳は食ってないからのう。それにお前さんがあそこに行くときは大体そうじゃからな」
俺の習性をしっかりと理解されているらしい。本当にこの人には頭が上がらない。
ここにきた悩みとは。それは回復薬のことだ。
「先生。これから俺は自分の目的のために世界を震撼させる行動を取ります。止まることなく探索者の頂点まで駆け上がるために」
先生は急にこんな荒唐無稽なことを言っても驚くことなく黙って聞いてくれていた。
「そのこと自体を止めるつもりはありません。けど少しだけ本当にそれでいいのかって思うこともあるんです。俺のせいで多くの人が幸福に、あるいは不幸になるかもしれない。その影響の大きさを時々考えてしまうんです」
何度も言うがそれでも止まりはしない。
俺は五年前からずっと突き進むと決めてここまできたのだから。
だけど俺だって人間だ。ふと前に進む前に立ち止まって考えたくなることもある。
それだけの影響を及ぼすことを本当にこのまま表沙汰にしていいのものなのかと。
「お前さんが何をしようとしているのか、そして何に迷うておるのかは儂には分からんし聞くつもりもない。だがそれでも止まらないのが八代夜一という男じゃろう。だとすればまずは駆け上がってみて、その後にどうだったのかを考えてみるしかあるまい。どうせお前さんのような奴はそうすることしかできないんじゃからな」
「止めるどころか寺の坊主とは思えない過激な発言ですね」
「止めても止まらぬ奴に無駄なことを言う気がないだけじゃよ。それに儂もお前さんも本質はどうしようもない求道者じゃ。己の我儘を貫き通すことでしか進めない不器用な生き物。そんな生物は時に理屈など超越して良くも悪くもやらかすと相場は決まっておる」
昔の儂がそうじゃったからな、そう龍道寺先生は笑っていた。
俺もこの人のように駆け抜けて走り切った後に笑えるだろうか。
楽しかったと、後悔など微塵もないと。
「それにお前さんが暴走しそうになったら止めてくれる相手の一人や二人くらいいるじゃろう?」
「それはまあ」
椎平とかぶん殴ってでも止めてきそうだ。あるいは泣かれるかもしれない。
他にもかつてのパーティメンバーは俺が暴走したら文句を言いながらも止めてくれるだろう。
「それならお前さんはその人物が止めてくれることを信じて前だけ見ておれ。それが出来るのは若い内だけなじゃからのう」
「そうですね……そうしてみます。ありがとうございます、こんな訳の分からない弱音を聞いてもらって」
「いやなに、実を言えば儂も楽しみにしておるんじゃよ。お前さんがこれから何をしでかすのかをのう。じゃから精々この山奥にも伝わる武勇伝を期待しておるぞ」
その冗談めかした言葉が本音なのかは分からないがどうでもいいことだ。俺の心の奥底にあったほんの少しの躊躇いは独白と共に消えていったのだから。
「ええ、是非楽しみにしていてください」
数日後、ダンジョン協会に当初の予定よりも少ない低位回復薬三種が十本ずつ納品される。
それが霊薬騒動と呼ばれるとある一連の事件の始まりの狼煙になると知る者はまだこの時点ではごく少数だけだった。
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