幕間 特別顧問と本部長の相談
「……今日は四月一日だったか?」
数々の信じられない報告を聞いた本部長の第一声はこれだった。
そう言いたくなる気持ちは痛いほど分かる。
だがこれらの報告は全て嘘偽りなど欠片もない事実だけだ。
それを証明する物も渡されている。
「お気持ちは分かりますが全て本当のことですよ」
「いや、しかしだな。言葉だけ全て信じる訳にはいかないだろう?」
「相手側もそう言うと思ったのか中位の体力回復薬を一本、私に寄こしてきています。疑う奴の前で腕を生やしてみせればどんなに疑り深い奴でも信じざるを得ないだろうと。何ならこの場で使用してみましょうか?」
「待て。分かった、信じるからちょっと待ってくれ」
慌てた様子で本部長が止めてくる。この中位体力回復薬とやらは彼の言い分では今のところ数本しかないそうだ。
だとすれば現状では世界でも数本しかない内の一本ということになる。
欠損した肉体すら元通りにするその現実離れした効果からして欲しがる存在は掃いて捨てるほどいることだろう。
仮にこれをオークションに出せばどれほどの値が付くのか分かったものではない。
(いやもはや貴重過ぎて値が付けられない可能性すらあるか)
そんな物を必要だろうと気軽にポンと渡してくる彼は明らかに普通ではない。
しかもその異常性が精神的な面だけでないのが彼の恐ろしいところだ。
「あれはいずれ必ずA級になりますよ。それだけでも日本としては絶対に他に渡してはならない対象です」
恐らくそれも他の追随を許さない形で走り抜けるのではないだろうか。
ランク8でありながらランク22の私のことを赤子扱いできるくらいなのだから。
一体どんなスキルがあればあんな事が可能なのか想像すらできない。
「分かった。私としてもそんな人物と敵対するなど考えたくもないからな。それに定期的に回復薬を卸してくれるようになるのならやりようは幾らでもある」
彼は仲良くしてくれるなら協会に卸す分とは別に個人的に本部長に回復薬を提供してもいいとのことだ。
そしてそれをどう振り分けるかなどは全面的に任せてくれると言っていた。それを利用すれば本部長も自らの立場を強化するのは実に容易い。
そうして本部長に確固たる地位を確保させた上で、自分に見返りを寄こさせるというのが彼の思惑の一つなのだろう。
しかもこの場合、本部長が裏切れば回復薬の供給は断たれて困るのは本部長側となる。
つまり主導権はあちらにある訳だ。
「なあ、八代 夜一という人物は本当に二十代なのか? 考え方とかがあまりに悪辣というか巧妙というか、味方にするとしても頼もし過ぎるんだが」
それは敵にするには恐ろしいということと同義である。
「戸籍が偽りでもない限りはそうでしょうね」
「全く以って末恐ろしいな。それともINTが高い探索者は皆こうなる可能性を秘めているものなのか?」
「INTでは頭の回転や記憶力が高まるだけですよ。だからこういうことを考えてのけるのは本人の資質によるところが大きいのでしょう。もっとももしかしたら彼の父親のアドバイスなどがあったのかもしれませんがね」
明石さんがそういうことをするかは微妙なところ。やらなそうだが、そう思わせておいて実は……ということする曲者でもあるからだ。
まあ何にせよ彼とその周囲は決して安易に敵に回してはいけないというのは間違いない。
「ふう、まあいずれにせよ日本で回復薬を作れるようになったということは喜ばしいことだ。しかもそれが世界初だというのだから尚更な。総理も長官もそれだけで説得は十分可能だろう」
「副本部長の後ろ盾の方々はどうでしょうか?」
「橋立議員達のことか。恐らく余計なことをするようなら引導を渡されるだろう。これが上手くいけば経済的な面では数千億円以上の影響が見込めるし、それ以外でもその効果は計り知れん。与党の重鎮だろうとそれを妨害するのなら排除されても致し方なかろう」
政治の世界のことは私には分からないので評価のしようがない。だからなるべく彼にちょっかいを掛ける奴がいないことを祈るとしよう。
彼の心配という面もないわけではないが、たぶん下手なことした相手は倍返しどころでは済まないだろうし。
「よし、そうなった以上は総理達にはいち早く話を通しておこう。それと君さえよければ腕を生やすのを総理や大臣達の前で行なってもらえないか? 言葉で説明するよりもその方が手っ取り早いだろう」
「構いませんよ。言葉で説得するのには骨が折れそうですからね」
別に急いでいる訳でもないのでそのくらいは問題ない。
もはや本部長も私も副本部長が失脚することは決定事項として今後の予定などを詰めていっていた。
「ところで別件で一つ相談があるんだが」
「何ですか?」
「儂、この一連の件の少し前に本当に偶々社コーポレーションの株を買ったんだけどヤバいかな?」
「……」
インサイダー取引!?
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