幕間 日本ダンジョン協会の困惑
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その日もいつも通りの業務を進めていた。
そのはずなのにその信じ難い案件は前触れもなく飛び込んできた。
「低位体力回復薬の売却?」
最初は単なる体力回復薬の売却の話かと思った。
ダンジョンからドロップしたアイテムと言えど回復薬は常にその効果を保持する訳ではない。
ドロップしてからおおよそ三ヶ月という使用期限が存在するのだ。それを過ぎればどの回復薬もその効果を失って、ただの不味いだけの液体に成り下がる。
だから探索者は定期的に期限の切れた薬は廃棄して、新しい薬をダンジョンドロップで手に入れるか買うかを迫られる。
運良くドロップすればいいが、そうならなかった時に購入するとなるとその費用は決して安くは済まない。
だからこそ更に幸運なことに回復薬を余るほどドロップした者はこうして売りに出す訳だ。
その売り先や買い先の一つとして日本では政府公認のダンジョン協会がそれなりに選ばれる対象ではある。
少なくともここでなら騙されて偽物を掴まされることはないし、それなりの額を保証して買い取ってくれるからだ。
「数は……百本だって!?」
回復薬は上級のダンジョンほど多くドロップすると言われている。
C級やB級のダンジョンなら運が良ければ一度の探索で数本から十本近く手に入ることもあるそうだ。
だが流石に百本なんて数は聞いたことがない。
売却の際には使用期限を確かめる意味もあってドロップした日付を必ず申告しなければならない。
その申告を信じる限りではどれも同じ日にドロップした物となっていた。
(いくらなんでもこの数が一度の探索でドロップしたとは考えられない。別のダンジョンでそれぞれドロップした物を持ち寄った? いやそんなことしても意味はないか)
しかも売却を申し出てきた相手は個人ではなく企業だった。
それも社コーポレーションという名はここで働いて知らない訳がない。
ダンジョンの発生と共に起業して現在でも様々な事業において右肩上がりで業績を伸ばし続けている新進気鋭の注目株なのだから。
実を言えば私もその企業の恩恵に与ったことがある。
(あの魔物の肉が食べられる店は美味かったな)
上司に連れていってもらった際に食べた甲殻亜竜の肉は絶品だった。
少なくとも私は今まであんなに美味な肉を食べたことがないくらいに。
まあその肉の味は置いておいて、そんな企業が売却するという話をこうして持ち掛けてきたのだ。
それはつまりこれが悪戯ではない可能性が非常に高いということでもある。
(……これは私が判断できることではないな。仕方ない、上に指示を仰ごう)
だが問題はどの上に話を先に持っていくかだ。普通に考えれば直属の上司に言うべきだろう。
だがあいつは副本部長の腰巾着でその地位に収まっているだけで、はっきり言って仕事は出来ない部類の奴だ。
そんな奴にこんな重要そうな案件を持っていって大丈夫だろうか。
(それに少し前に副本部長は社コーポレーションとその御曹司であるC級探索者と揉めたって話だしな)
その騒動のせいで一人の職員が謂れのない罪を着せられて辞職に追い込まれたという噂も聞いたことがある。
ここでバカ正直に私が報告したら同じように騒動に巻き込まれることはないだろうか。
(家のローンも娘の学費もまだまだ残っているんだ。ここで仕事をクビになる訳にはいかない)
だがだからと言って下手に副本部長一派に歯向かうようなことをするのも危険だ。
悩みに悩んだ結果、私はある人物を頼ることにした。
その人物は私の直属の上司ではないものの、何かと相談に乗ってくれる上に仕事もできる優秀な人材だ。
彼ならば私がどうすればいいかアドバイスが貰えるかもしれない。
ちなみに彼が私を甲殻亜竜の肉が食べられる店に連れていってくれた人物でもある。
「すみません、飯崎さん。少しご相談したいことがありまして……」
この時の私は重要なことを見落としていた。
社コーポレーションが売却すると提示してきた物は単なる体力回復薬ではなく低位体力回復薬だということに。
そのことを相談したらすぐに気付いた飯崎さんからはこう言われた。
「これはドデカい案件になるかもしれないな。どうする? 巻き込まれたら一攫千金も夢じゃないかもしれないが、ミスったらクビになるだけじゃ済まないかもしれないぞ」
小心者の私にそんな大事件に関わる度胸などある訳がない。
平穏を望んだ結果、飯崎さんが全て預かってくれて私は何も知らなかったということにしてくれることになった。
(はあ、頼むからそんな大事件が起きないでくれないかなぁ)
本部長と副本部長の派閥争いとか世界における日本の立場とかどうでもいい私からしたら何も起こらない平穏が一番である。
だが残念なことにその小市民の切なる望みとは裏腹にこの後、日本どころか世界中を大混乱させるよう大事件が幾度も起こることになるのだった。
次章から望まれていたから逆襲が始まります。
お楽しみに。
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