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幕間 ダンジョン協会本部長の怒りと苦悩

 五年ほど前に突如として現れたダンジョンという未知の物に対して世界各国では様々な意見が出ている。


 ダンジョンやそこから溢れ出る魔物は危険な物だとして排除を推奨する国。


 未知の薬や資源が採れる場所として有効活用しようと考える国。


 ダンジョン発生が神の怒りや祝福だと述べる宗教が新たに現れるくらいに様々な意見が世界では溢れかえっている。


 ただ今のところ主流なのは有効活用するべきという風潮なのは間違いない。それはそうだろう。


 ダンジョンに潜れば常人離れした身体能力を得られるばかりか、スキルなどの物語でしかあり得ないような超常の能力すら得られるのだから。


 その上で更に回復薬などの現代科学ですら再現できない効果を発揮する霊薬も発見されているのだ。世界各国がその甘い汁を見逃す訳がない。


 日本でもそういった流れになるのは必然というものだろう。


 だが過去に日本は盛大にやらかしている。

 A級探索者となった人物に対して一部の議員が無理難題を吹っ掛けたのだ。


 若返りの秘薬。

 それは年齢による衰えで引退を考えざるを得なくなってきていた彼らにとって喉から手が出るほど欲する代物だったのだろう。


 だがだからと言ってそれを手に入れた彼を脅して良い理由にはならない。

 しかも脅したのは彼の家族のことなど本人以外にも派生していたそうだから尚更質が悪い。彼自身ならあり余る力でどうにかなっただろうからその弱点を突こうとしたのだろう。


(その結果、日本を見限った彼は家族と共に日本を捨ててアメリカに渡ってしまった。それは日本にとって大きな損害となって今も影響を残している。だからこそ同じ過ちは繰り返してはならないというのにあのバカ共が!)


 A級になるほど優秀な探索者を国会議員が権力を使って支配しようとしたという事実は、世間にあまり知られてはいない。表沙汰になっては不味い議員達がその権力を総動員して隠蔽したのだ。


 まあそれでも全員無事とはいかずに役職を辞めさせられたり辞職に追い込まれたり、あるいは将来の出世が消えた議員や官僚も出たらしいがそれは自業自得だ。


 だから表向きではその事実は報道されておらず彼がアメリカに渡った理由は、付き合っていたアメリカ人女性との結婚を機に活動拠点をそちらに移すためという何とも嘘くさいものになっている。


 だが表向きはそれでどうにかなっても全て隠し切れる訳がない。


 特に諜報が盛んな国では裏事情の全てまで知られていると見ていいし、海外の探索者界隈ではおおよその話が知られているようだ。


 そのせいもあって日本は世界各国から探索者の活動がし難い場所という目で今も見られている。


 だから今の日本には海外の探索者がやってくることが少ない。


 当たり前だ。A級という探索者として頂点に立つ人物ですらそんな妨害を受けたのだから。


 それもその本人には何ら過失がないというのに。


 そんなことが起こった場所で活動したいと思う探索者の方が少数だろう。


 そんなこともあって現在の日本はダンジョン関連のことでは世界各国に後れを取っているといっていい。


 そしてその影響もあって今回のダンジョン関連の国際会議の場でもその立場は強いものではなかった。


 そんな逆境の中で私やダンジョン庁の長官が必死に以前とは違うとアピールして優秀な海外の探索者を少しでも招こうと努力しているというのに。


「どうしてこんな決定が私や長官がいない間に下されている! しかもこちらには何の報告も上がってきてないぞ!」


 目の前の秘書のせいではないと分かっていたが、それでもそう怒鳴らずにはいられなかった。


 無断でダンジョンを消滅させたとは言え情状酌量の余地があったC級探索者に対し、多額の罰金と降格処分。


 しかも聞けば最初は資格剥奪をしようと画策していたというではないか。


 長く苦しい会議を乗り越えて日本に帰ってきて早々、頭にくるような報告をされてみるといい。


 怒鳴りたくなるというものだ。


「副本部長、正確にはその後ろ盾となっている橋立議員とその一派の仕業のようです」

「またあの老害か!」


 橋立議員は与党の重鎮であり前回のA級探索者騒動の時にも関与が疑われた一人だ。


 いや十中八九何らかの関与をしていたのは確定している。だがうまく立ち回ったのか証拠不十分だったのと与党の重鎮だったことで処罰を免れた数少ない一人だ。


「国際会議のために長官や本部長、それに随行した優秀な者が日本にいなくなった弊害ですね。それでも副本部長が暴走しないように手配していたつもりでしたが甘かったようです」

「こちらの警戒が手薄になった隙を突かれた形か。くそ、それについては私も考えが甘かったようだな」


 総理やダンジョン庁を始めとしたまともな面々は、今回の会議で日本の悪いイメージを少しでも払拭するために必死に努力していた。


 その努力と苦労の甲斐もあって多少の成果を得られたというのに。


「この話はどこまで表に出ている? それと世間の反応はどうだ?」

「それが一般ではそこまで大きな話題にはなっていないようです。ニュースでも軽く取り扱われただけで今は忘れ去られています」

「一般ではということはそれ以外では何かあるんだな?」

「探索者界隈ではそれなりに。週刊誌の記事が出るまではそのC級の人物を非難する傾向が強かったですが、逆に記事が出た後はダンジョン協会側の対応に多くの疑問が投げかけられています」


 それはそうだろう。言うなればこれは襲い掛かってきた不審者を必死になって撃退したら、正当防衛を認められずに過剰防衛どころか暴行罪で逆に逮捕されたみたいなものだ。


 仮に私がその立場なら不当逮捕だと怒り狂うし、裁判を起こしてでも無実を勝ち取ろうとするだろう。


 本来なら探索者を管理して守らなければならない協会がその権力を悪用したとなれば非難が集中するのも当然の結果でしかない。


 そしてその非難に対して責任を取らされるのはダンジョン協会本部長である私、鹿島 重蔵なのだ。


 あるいは副本部長はそれも狙っているのか。奴が私の立場を狙っているのは前々から分かっていたことだ。

 今回の件もそのために利用しようとしているのかもしれない。


「幸いなことに暴言を吐いたとされる職員を懲戒免職にしたこと。また週刊誌の記事を出した後はそのC級探索者が特に何も行動を起こさなかったこともあってこの話題は現在では沈静化しています」

「懲戒免職だと? あの身内には甘い副本部長がそんな決定を下すとは正直意外だな。流石に奴もそれだけやらかされると庇い切れなかったか?」

「いえ、正確には懲戒免職になったのはその暴言を吐いた子飼いの部下とは別の人物ですね。どうやら別派閥の者を身代わりに仕立て上げたようです」

「あのゴミが!」


 誰かあいつを殺してくれないだろうか。


 だがそういうゴミだからこそこうして手段を選ばず保身に長けている。そしてそれによって自らの立場を作って味方を増やして周囲に対する影響力を増していくのだ。


 だからこそあんなゴミでも迂闊に手は出せない。


 それに逆に考えれば奴は罰金20億という資金を探索者から巻き上げることに成功していると見ることもできる。


 それは私からしたら最悪の行為だが、そんなことを知らない立場の人間からしたらその手腕は素晴らしく思えるだろう。


 特に探索者が稼いでいることを好ましく思っていない橋立議員一派のような連中からしたら。


「……協会として一度下した決定を覆すことはできない。この処罰については変えようもないな」

「では何もしないと?」

「そうは言っていない。だが一月以上も前のことで今更実は協会の判断は間違ってましたなんてバカ正直に言ってみろ。権威も体面もズタボロになって最悪は私も副本部長もまとめて首が飛ぶぞ」


 更にはダンジョン庁長官が辞職に追い込まれるとかも起こるかもしれない。


 それにそれだけで済むならまだしも今度こそ日本の探索者界隈が終わりかねないのが不味い。


 少なくとも海外からの評価は取り返しがつかなくなるし、そうなったら優秀な探索者は日本を捨てて海外に移住してしまうことだってあり得る。


 その先に待つのは間引きが間に合わずにダンジョンから魔物が溢れ出す氾濫という名の過去に多くの人の命を奪った恐るべき災害の再来だ。


 この五年、世界の中にはそうなって消えてしまった国も少なからず存在しているのである。


 そうなるのだけは絶対に避けなければならない。


「だからこそこの処罰自体は変えずに別の方法を取るしかない。日本という国を守るためにもだ」


 世界の中には自国ではどうしようもなくなって、海外から探索者を雇ってダンジョンを間引いてもらうようになった国もあるがそうなったらその先は悲惨だ。


 要するにそれは国として命を繋ぐためにその雇った他者に縋るしかない。


 命綱を握られて徹底的に下の立場に追い込まれることになるからだ。


 我が国では同盟国であるアメリカがそれを担ってくれるかもしれないが、その場合は何を要求されるか分かったものではない。


 そしてそれは協会の本部長として、また祖国を愛する一人の日本人として容認してはならないものだ。


 別に愛国者を気取るつもりはないが齢五十になるまで生まれて育ってきた国だ。

 自分の手で壊れるかもしれない状況に追い詰めたいなんて思える訳がない。


「このことの対処については長官や総理にも報告して意見を仰ぐ必要がある。それと被害にあったC級探索者と濡れ衣を着せられた職員についてもその後の動向を調べておいてくれ」

「分かりました」


 職員については私の方で別のところに再就職できるように取り計らうとして、C級探索者の方はどういう対応をすれば許してもらえるだろうか。


(そもそも金で解決できる相手なのかどうかからだな。C級にまでなっていれば相当な変わり者の可能性があるし)


 その後の調査でそのC級探索者が次のB級候補者と呼ばれていた人物であり、なおかつ社コーポレーションという国内でも有数のダンジョン関連会社の息子だと判明して、更に頭を悩ませることになるなんてこの時の私は知る由もなかった。

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