幕間 呼び出された後輩
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ゴブリンダンジョンでボス周回を行なっている先輩を置いて帰ってすぐ後のことだった。
「あら、おかえり」
そのダンジョンの入口で彼女、畔川椎平が待っていた。
「少し話があるんだけど時間はある?」
「……はい、あります」
ここでないと答えられる奴はいない。そもそもこれは質問ではないのだ。
逆らったところで無駄であると分かり切っているのなら下手な抵抗はするだけ無意味どころか逆効果になりかねない。
「ならよかった。それじゃあ行きましょうか」
そんな風に連行されたのはダンジョン近くのとあるホテルの一室だった。
そこについてまずやったことはシャワーを浴びて着替えることだ。ゴブリンの返り血で汚れた格好のままでいるのは嫌だったのでこれは正直助かった。
「お待たせしました」
着替えを終えて部屋に戻るとそこには椎平さんともう一人の知らない金髪の女性が待っていた。
「紹介するわ。彼女の名前は希典 朱里。私と同じ夜一の元パーティメンバーよ」
「初めまして、五十里 愛華です」
「……お前が夜一の後輩って奴だな」
勘違いでなければこちらを睨むというかガンを飛ばしてきているのだが何故だろう。
私はこの人を怒らせるようなことをした覚えは全くないのだが。
「朱里。あなたのその態度は普段から慣れてる私達ならともかく初対面の相手を怖がらせるだけよ」
「けっ! 分かってるよ」
そう言って不貞腐れたように乱暴に近くにあった椅子に座る朱里という女性。どうやら椎平さんの言い方からしてこれが彼女の普通のようだ。
「こんな対面で申し訳ないけど今後は彼女があなたの護衛に付くことになるわ。だからその前に顔合わせだけはしておいてもらおうと思って」
「護衛ですか? 私を?」
「ええ、そうよ。安心して。外見からはそんな風には見えないかもしれないけど、この子は護衛としては一流よ。彼女に守られているのなら大抵の相手は近寄ることも出来ないわ」
「おい! 子ども扱いするんじゃねえよ!」
「ならその拗ねた子供みたいな態度をどうにかしなさいよ」
「うるせえ! アタシは普段からこうなんだよ!」
「はいはい、普段から子供ってことね」
そんな風に言葉だけ見ると喧嘩しているように思える会話だが、その二人の表情はどこか楽しそうにも見えた。たぶん実際そうなのだろう。
でなければ言っちゃ悪いがこれだけ短気そうな朱里さんなら既に怒り心頭になってそうだし。
「あの、それで護衛ってどういうことですか?」
「あなたが賢明にも私達の言いつけを守ってこれまで余計なことを言わなかったことは調べてあるわ。そして夜一がそんなあなたのことを一人前の探索者に育てようとしていることも分かってる」
「言っとくがアタシはお前のことなんてどうなろうと知ったこっちゃねえ。だけど夜一の弟子だか生徒だかってんなら話は別だ。お前が狙われて夜一に迷惑が掛かる事態は防いでやるってだけだよ」
朱里さんがはっきり言ってくる。
要するに夜一さんを狙う奴がいた場合、私が近しい者としてターゲットになり得るからそれを防いでくれるということだろうか。
「自分にそんな価値があるのかって顔ね。残念だけどあなたの価値はどうなるか不透明でも夜一は必ずやらかすわ。それも私達の想像の斜め上を行く形で。あいつは色々とおかしいから」
「ああ、それは何となく分かります。と言うか今回のゴブリンダンジョンでもそれをより一層実感しました」
「ちょっと待って。あいつ、何したの?」
私は先輩が少なくともこれから丸一日あのダンジョンに籠りきりでボス戦周回を行おうとしていることを告げた。
それも私が見ている間は休憩を挟むことなく延々と繰り返しをする形で。あの調子だと休憩を挟んだとしても短い時間だろうと簡単に予想がつくというものだ。
それを聞いた椎平さんも朱里さんも呆れた様子で頭を抱えていた。そのどこか慣れた様子にこれが普段からのあの人なのだと理解させられる。
「……その感じだと次の出社の日のことなんて忘れて周回に没頭しそうね。しょうがないから私がその前の日に呼びに行くわ」
「えっと先輩の次の出社日って二日後とかのはずですよね?」
探索者として本格的に活動を再開させたので先輩は毎日出社することはなくなったはず。だからこれから丸一日ダンジョンに籠ろうがそういう意味での問題はない。
もっとも別の意味で問題あり過ぎな気がするが。
というか丸一日でも異常なのにそれ以上もやるというのか。
「そうよ。あいつのことだからそのくらいはぶっ通して狩りを続けるわ。休憩を挟んだとしても別の作業でもしてるだろうから実質ずっと行動しているようなものでしょうね」
「やっぱりあいつはイカれてるって。まあでもそんな化物じみた精神をしてなきゃ、ランクも上げずにMIDが上昇するなんて奇想天外なこと起きねえわな」
「ええ、そんなことあるんですか!?」
聞いたことも無い現象に思わず声が大きくなる。
「普通はねえよ。少なくともアタシが知る内ではあいつだけだ」
「この五年でステータスについても様々な研究がされてきたのは知ってるでしょう。その中にランクを上げずにステータスを上げることは出来ないかって研究があってそれは一応成功したのよ」
運動を全くやっていなかった人物にステータスカードを習得させて、その後にランクを上げずに徹底的に筋トレなどをさせる。
その結果、STRの数値が当初のものより1上昇した事例が確認されたのだという。
また身体の出来上がっていない子供にステータスカードを習得させて、その後に成長していく過程で徐々にステータスが上昇していく事例もあったのだとか。
まあ言われてみれば小学生くらいの子供が大人と同じステータスだとは思えないからその話は分からなくもない。
「だから原理的にはランクを上げずともどのステータスも鍛えれば上昇させられるって話だな。まあ現実的にはまず不可能だけどよ」
子供の事例は元々低かった数値が大人に近づくにつれて平均になっていただけの話。
そうではない筋トレを試した人物の方でも貧弱な身体からムキムキになるまで鍛えても上がったのはSTRが1だけ。
これらのことか分かる通りにランクアップ以外でステータスを上げることは不可能ではないが極めて困難とされているとのこと。
「そんな中でランクを上げずにM N Dを合計で5もぶち上げた常識外れの奇人変人があいつだよ。瞑想して悟りでも開いたのかって話だわな。だからこそあいつのことをちゃんと知ってる奴はあいつを異常とか頭おかしいって評価するのさ」
そう言われれば見せてもらった先輩の初期の数値でもMIDの数値が25と異常に高かった気がする。
あれはこのランク外の上昇が影響していたのか。
「まあこの話からも分かる通りであいつは普通じゃないのよ。そしてこれから起こることで間違いなくあいつの名前と存在がいずれ世界に知れ渡ると私達は考えている。そうなった時にあなたが狙われたら困るから朱里がそれを防ぐ」
「……分かりました。いや正直に言えばまだ実感はないですけど、先輩のことをよく知る人たちがそうした方がいいって判断するならそれに従っておきます」
「賢明な判断ね。大丈夫、あなたが裏切らない限りは朱里が守ってくれるわ」
裏切ったら容赦なく始末されそうだと思ったがそれは言わないでおいた。
「まあそういうこった。そんで何か他に聞きたいことはあるなら今の内だぞ」
特にない、そう言おうと思ったがふとある疑問が浮かんで考える前に口から漏れ出ていた。
「椎平さんってこれだけ先輩に尽くしてるけど付き合ってるわけではないんですか?」
「ぶ!?」
「お、お前、いきなりなんてことを聞いてやがる!?」
「え、でも傍から見ても好意を持ってるのは丸わかりじゃないですか」
むしろなんで朱里さんまでこんな分かり切ったことで焦っているのだろうか。
パーティメンバーならそういう兆候に気付く機会なんて幾らでもありそうなものなのに。そこでハタと気付く。
「もしかして朱里さんも先輩のこと好きなんですか? なんちゃってー」
「「な!?」」
どうも悪気ない冗談半分のこの質問がクリティカルヒットしたのか二人が唖然とした状態で固まってしまった。
朱里さんに至っては顔を真っ赤にしてしまっているので答えは一目瞭然だ。
「そ、そんなこと言うお前こそ夜一に惚れてるとかじゃねえのか!?」
「まあそうですね。正直結構好意はありますよ」
「「え!?」」
何故そんなに驚くのか。
と言うか質問してきた朱里さん本人よりもその隣の椎平さんの方の動揺が激しい気がするのだが。
「いや色々とおかしいけど悪い人ではないですし。なによりお金もこれから一杯稼いでくれそうですから」
半分照れ隠しの理由を言うがそれに二人は笑うことはなかった。
それどころか先ほどよりも真剣で剣呑な雰囲気を醸し出している。
「えっと、あはは。もしかして私、余計なこと言っちゃいました、かね?」
「……もう少し詳しいお話をしましょうか」
「……そうだな。そうしよう」
(あ、これ死んだかも)
その後の話し合いについては乙女の秘密ということになっている。まあこれを機に二人との距離が縮まったので少なくとも悪い結果にはならなかったとだけ言っておこう。
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