幕間 後輩への指導 その1
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いくら元C級の先輩と言えど同じランク1になったのなら、多少は私と同じように動きが鈍るのではないか。そんなことを考えていた少し前の自分の浅はかさが思い出される。
(ランク1のステータスってそこまで私と変わりなかったはずだよね? それなのにゴブリンの集団を相手にしても傷一つ負わないってどういうことなの?)
確かに前よりも随分と遅くなってはいるのだ。初めの内は体が重そうでやりにくそうにもしていた。だけどそれでも十体以上のゴブリンを同時に相手にしても何も問題にならなかった。
相手の動きを瞬時に見極めて僅かな身体の動きや視線のフェイントなどで敵を誘導して、その間に急所を一撃で斬って仕留める。
その無駄のない動きの滑らかさは、速度とはまた違った巧さというものがあるのを私に理解させてくれた。
恐らく先輩が私に教えたいのはこれなのだろう。
ステータスに頼ってばかりになってはいけないと再三言われていたが、これを見て少しは分かった。
(確かに鳳とかでもゴブリンを倒すことはできそうだけど、VITで攻撃を受けても良いと考えていたらこういう動きは学べなさそうよね)
今は昔と違ってある程度までの回復アイテムや装備も金を払えば手に入る。
それらがあればランクを上げるという点で言えば、現在の方が昔よりも段違いにやり易いと聞いたことがあった。だからこそ鳳のような本当の意味で強くない探索者がある程度まではランクを上げてしまえる。
目の前の光景と合わせてそういう探索者は歪だと先輩が懸念するのも十分に納得させられた。
そしてそうならないように指導してもらえる自分の幸運を噛みしめる。
(ヤバイ情報を知ってしまった? そんなのは黙っておいて先輩たちを裏切らなければ何も問題にならない。だったら今の幸運な状況を最大限活用しなきゃ)
ランクが上がって明らかに力強さや速度が増しても、先輩の動きは滑らかなまま淀みなくゴブリンを狩り殺していく。実際にその内の一体と戦ってみてその異常さが嫌というほど身に染みた。
メイスという鈍器で何度も殴ってようやく仕留められる相手。小さなミスから攻撃を受けた時はその思わぬ力強さに怯みかけた。仮に私がこの相手を瞬殺できるようになるのはいったいいつになることやら。
そんなこちらの呆れと尊敬を足して二で割ったような感情を知ってか知らでか、先輩は中ボスのホブゴブリンもたった一撃で終わらせてしまった。それどころか今日はボス部屋まで行きたいという始末。
こんなG級が居てたまるか。
きっと他の普通のG級探索が見たらそんなことを言うだろう。そのくらいに格が違う。
その上、幾ら楽勝でも三時間近く戦いっぱなしだ。それも合間をほとんど挟むことなく敵を見つけ次第狩るというほぼぶっ続けで戦いをしているのに一切疲れた様子も見せることがない。
体力だけでなく気疲れなども全く起こしていないみたいだ。
これがライバルとかだったら私の心は折れていただろう。
絶対に敵わない相手に対して対抗心を抱くなんて辛いだけだったに違いない。幸いなことに先輩は私の師匠のようなものなので元々勝てるなんて欠片も思っていないからその心配は無用だけど。
その師匠である先輩が26階層以降では更に厳しい指導を課してきた。
最初はアドバイスなし。自分で考えて戦ってみろとのお達しである。
そうして遭遇したのがこちらを見つけると遠距離から魔法を放ってくるゴブリンマジシャンだ。
本来ならその手前に壁となる他のゴブリンがいるはずだったが、それらは既に先輩によって片付けられているので一対一。
「ギギギ、ググギ……ギグア!」
(思っていたよりも詠唱が終わるのが早い!)
それなりに距離があるので近づく前に魔法の詠唱が終わってしまった。ゴブリンマジシャンの周囲の空中に現れた三個の火の玉の一つがこちらに飛んでくる。
それに当たったら大火傷間違いなしなので横に飛んで避けた。だが地面に当たった火の玉は周囲に炎を撒き散らすようにして炸裂してその熱が私を襲う。
「あっつ!?」
傷を負った訳ではないが、思わぬ背後からのその熱量に注意がそちらに向いてしまった。その隙を狙ってゴブリンは第二、第三の火球を連続で放ってくる。
それを避けながら前進するなんて芸当は私にはできないので、必死に後ろに下がって回避に専念するしかない。だがこれでまた距離ができてしまった。
(これじゃあまた接近する前に魔法を唱えられる)
このままじゃ一方的に攻撃されるだけだ。しかもここはマンションの廊下のような広くない通路なので回避できる場所も限られている。
(敵のMPが尽きるのを待つ? いや、先輩ほど早く倒すのは無理でもそんなゆっくり戦っていられるとは思えない。その間に援軍が来たら更に状況は悪くなる)
だったらここは一か八かに賭けるしかないか。
そう思って今度はゴブリンが詠唱を完了しても止まらずにそのまま突き進むことにする。
「ギギギ、ググギ……」
詠唱に集中しているゴブリンはこちらに意識を割く余裕はないようだ。それを見ながら必死に前へと足を動かす。だがやはり間に合わずに敵の詠唱が完了してしまった。
「ギグア!」
(こうなったら突撃よ!)
もう引き返せない距離まできている。そのまま前に足を踏み出すとゴブリンはそこでようやく思っていたよりも私が接近していることに気付いたようだ。
「ギグア!?」
思わぬ突貫にゴブリンマジシャンも焦ったのか三つの火の玉を同時に放ってきた。
ただ焦っていたせいかその狙いが甘い。
私は咄嗟に身を低く屈めて倒れるように前に飛ぶ。
その身体の上を全ての火の玉が通過していったのが熱で分かった。そこで倒れたままだと隙だらけなのでそのまま前転する要領ですぐに体勢を立て直して敵へと迫る。
逆に魔法を回避されたゴブリンマジシャンは慌てて再度の詠唱に入ろうとしているが、それが間に合うような距離ではないし私が間に合わせはしない。
「そこ!」
詠唱で無防備な相手の頭部に容赦なく手にしたメイスを振り下ろした。その一撃がクリティカルヒットして集中が途切れた詠唱が中断される。
これが勝敗を決した。そのままフラフラしている相手に時間を与えることなくメイスで滅多打ちにして勝利をもぎ取ることに成功する。
「はあ、はあ、危なかった」
「本当だよ。まさかあそこで突っ込むとは思わなかったぞ」
先輩がそう言いながら笑っていた。
「その根性は認めるけどあれは危ない賭けだったな。ゴブリンが焦ってくれたからどうにかなったけど、そうじゃなかったら逆に火の玉を全部くらって重傷かお陀仏だったぞ」
「うぅ、自分でも後から考えると無謀だったと思います」
私も敵に近付けない状況に焦ってしまった。
あんな風にこちらは何もできずに相手から一方的に攻撃されるだけの状況は思っていたよりも精神的に堪えて、何とかしたいという気持ちが先走ってしまったようだ。
「まあそれを自覚して反省できたのならいいさ。それと探索者の中にはそれが出来ずに攻撃を喰らって、死ぬ間際になって後悔する奴もいるってこともちゃんと理解しておけよ」
「だから一人でダンジョンに潜るのは推奨されていない。こうして実際に経験してみないと本当の意味で分からないことも多いですね」
単独でのダンジョン攻略の危険性。
後発組の私のような素人が企業や先輩などの先達者から何らかの指導やサポートを得ることの大切さ。
言葉では分かっていたつもりだったがそれは言葉の上でだけだったみたいだ。
「ちなみに正解はなんですか? 私のように遠距離攻撃がない場合はあの状況はどう打開するべきなんでしょう?」
「すぐに答えを知ろうとするその向上心は素晴らしいな。その熱意に応えて俺が実演してみせよう。それと自分に遠距離攻撃がないってのは勝手な思い込みだぞ」
「え?」
「貸してみ」
先輩が私からメイスを受け取って次の獲物と対峙する。
わざわざ壁となるゴブリンを始末した後にゴブリンシャーマンと距離を取って。
「同じくらいの速さでやるからよく見てろよ」
そう言って先輩はあえて私と同じくらいの速さで敵に迫っていく。だがそれでは相手の詠唱完了までに間に合わないはず……と思ったら、
「あ!?」
敵が詠唱をするべく集中したその瞬間に手に持っていたメイスを相手目掛けて投げつけた。
その速度も私に再現できるようなもので、
「ギギギ、グググ、グギャ!?」
集中していたゴブリンの顔にメイスがぶつかって詠唱が中断される。
しかもそこまでの速度が出ていなかったはずなのに敵はフラフラとふらついていた。
その隙を逃さずに先輩は敵に近付くと落ちていたメイスを拾ってそれで止めを刺した。
「魔法などの詠唱の最中は無防備になり易い。しかもその最中に外部から邪魔が入ると何らかの状態異常になったり、そうじゃなくても動きに制限ができたりする」
そこまで言われて鳳とジャイアントラットの戦闘を思い出した。あの時も確かにそうだったっけ。
「まあ流石に一つしかない武器を手放すのはお勧めしないから適当に投擲できる装備を揃えておくのが無難だけどな」
最悪はその辺りに転がっている石ころでも代用可能らしいが、威力が低いと妨害が失敗に終わることもあるので、当たった際にしっかりと相手にダメージが入る物が望ましいと先輩は教えてくれる。
何ならダンジョン産のアイテムの中にはそういった妨害の特性を持った物も存在しているのだとか。
「魔物とか探索者のことは自分でも色々と調べたつもりだったんですけど、まだまだ知らない事ばかりなんですね」
「本来はダンジョン協会が率先して初心者のためにこういうことを指導するべきだと思うんだが、あんな副本部長がのさばっているところから察するに期待薄だな」
その後のゴブリンファイターとの戦いの際には、素早い身のこなしに対応できず攻撃を受けて後ろに倒れた私を先輩が助けてくれた。
仮にあのまま戦闘が続いていたら倒れた私は上から一方的にやられていただろう。
だが先輩がいるからそうはならずに学べる。やはりこの機会は幸運に他ならない。
(痛いけど。泣きたいくらい痛いけど)
すぐに傷薬で回復してくれるがダメージを負えば痛いものは痛い。それは嫌だけどこれも稼ぐためだと思えば何とか我慢できる。
その後も私は先輩の指導の下で戦闘を続けて、ボス部屋に辿り着く少し前には遂にランク2に上がるのだった。
五十里 愛華
ランク2
ステータス
HP 20
MP 27
STR 8
VIT 9
INT 15
MID 13
AGI 10
DEX 14
LUC 7
スキル なし
ジョブ 薬師(MP2 INT2 DEX2 LUC2)
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