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幕間 英悟の将来展望

 先生は無事に交渉を成功させたようだ。


 まあ先生ならあの程度のことをやり遂げるのは当たり前みたいなものだからそれ自体に驚きはない。ただそうなったからには全員が集まったあの場では言えなかった情報も伝えておかなければならないだろう。


「あ、先生。今、大丈夫ですか?」

「大丈夫もなにも分かった上で電話してきているのでしょう?」

「あはは、そこは建前というか一応確認しておいた方がいいかなって」

「まあいいでしょう。それで何の用ですか?」


 話しが早いのは助かるのでこちらも単刀直入に言うことにした。


「あの救いようのないダンジョン協会のアホの……森下でしたっけ?」

「森本恭吾副本部長のことですか?」

「ああ、それです。そのアホについて実はあの時に言えなかったことがあってですね」


 正確には奴の息子についての情報だ。


「あのアホの息子に修二って奴がいるんですけどそいつは一応D級の探索者なんですよ」

「一応という言葉の時点で不正の臭いしかしないですね」

「あはは、ご察しの通り実際にはE級の実力もないゴミですよ。で、そのゴミなんですが非常に女癖が悪くてですね。今まで父親の権力を使って好き勝手やって来たみたいです。で、最近の狙いが俺らに関係ある人達でして」

「ああ分かりました。確かにあの場で言えませんね」

「ええ、それも夜一さんが嵌められそうになった原因の一つみたいです」


 狙いの一人は椎平さんだ。


 だが椎平さんが夜一さんにしか興味がないのは傍から見れば一目瞭然。実際にパーティが解散した際にゴミが何度か椎平さんに誘いをかけても歯牙にもかけられずに断られている。


「椎平さんがこんなこと知ったらぶち切れてゴミを殺しちまいかねない。まあぶっちゃけそれは別に構わないどころかむしろ応援するんですけど問題はその後なんですよ」

「椎平さんの性格の場合、変に意識したり気を使って迷惑にならないように一時的に距離をとるなんてことしそうですね」

「それはこっちとしては避けたい事態でして」


 俺は椎平さんと夜一さんの仲を応援しているのだ。あの二人には上手くいってもらわないと困る。それも出来る限り早い方がいい。


「それは朱里さんのためですか?」

「そりゃそうですよ。あの捻くれ者の姉さんとまともに付き合える相手なんて夜一さんくらいですからね。椎平さんには第一夫人、姉さんには第二夫人ってのが俺の理想です。本当は姉さんがガツガツ行ければいいんですけど、椎平さんの気持ちを知ってるから絶対に自分が抜け駆けなんてしないだろうし」


 ノーネームの男の中で哲太さんと先生は妻一筋で他に目を向ける可能性は絶無と言い切れる。勿論弟の自分は端から対象外だ。ならばあとは一人しかいない。


 幸いなことに姉さんも夜一さんのことは満更ではないのは分かっている。


 というかあの男どころか人間嫌いの姉さんがあそこまで心を許している時点で好意たっぷりなのは確定だ。


 あの双子の姉とは生まれた時からの付き合いなのだ。そんなことは嫌でも分かる。


「日本は一夫多妻制ではありませんよ?」

「別に金を持ってりゃ愛人の一人や二人いて当然じゃないですか? そもそもそれが完全に否定されるなら俺も姉さんもこの世に生まれてきてませんって。幸いなことに姉さんはそういう境遇でも愛があればいいという乙女心と寛容さを持っているんで大丈夫ですよ。あ、ちなみに夜一さんと椎平さんにも酒の席で酔ったふりして確認してます」


 夜一さんは結婚なんて興味ないと言い出すかと思っていたのだが、本当に傍にいてほしいと思った相手なら何としてでも自分に振り向いてもらうように手を尽くすと言っていたから意外だったっけ。


 もっともその後に「ただし少なくとも探索者として自分が最低限満足できるくらいになるまでは恋愛事にうつつを抜かすつもりはない」とらしいことも言ってたけど。


「私は他人の恋愛事に首を突っ込むつもりはありませんし、あなたがそうするのを止めるつもりもありません。ただし弟とは言えあなたはあくまで他人です。部外者が本人たちの気持ちをないがしろにしてはいけませんよ」

「それは分かってますよ」

「ならこれ以上は言いません。それで狙いが複数形だったということは他にも粉を掛けられそうな人がいるのですか?」


 本当にこの人は察しが良い。


 良過ぎて色々と警戒が必要になることもあるくらいだ。


「全員です」

「はい?」

「だから女性陣の四人全員ですよ。全員をものにしてやるってゴミが今も息巻いてます」

「……怖いもの知らずというか命知らずというか。優里亜さんに至っては既婚者でしょうに。そこまで行くとむしろ感心しそうですよ」

「ね、あの場ではこんなこと言えないでしょう?」


 女性陣は疎か哲太さんもぶち切れ確定。


 そうなったら数的に他のメンバーが止めてどうにかなるかも怪しい。

 あるいは(かおる)さんだけは怒らずに面白がるかもしれないが、そうなったら逆に周りを煽りかねないので別の意味で厄介だ。


「それに俺も結構ムカついてるんですよ。他人(ヒト)の大事な姉に対してふざけたこと仕出かそうとしたあげく、義兄になってほしい尊敬している人物をくだらない理由で陥れようとしているんですから。そういう訳で今回は俺も先生と同じように全面的に協力する予定です」

「分かりました。あなたが協力してくれるのならこの上なく心強いので歓迎ですよ。表沙汰にできない裏の仕事もあなたには頼めますからね」

「そういうのは俺の得意分野なんでドンドン任せてください。と、早速ですがあのアホとカスが連絡を取ったみたいです」

「ゴミではなかったのですか?」

「どっちでも一緒ですよ。最終的に処分されるんですから」


 そんなことを言いながら奴らの通話を盗み聞きしていると、またろくでもないことを考えているようだ。


 こうして全て筒抜けなので脅威でもなんでもないんだけど。


「カスの方はランク1になった夜一さんにちょっかい掛けようとしているみたいです。ランクが敵わない内は手を出そうとしなかったくせに」

「そのちょっかいの内容は分かりますか?」

「いきなり殺そうとかは考えてないみたいですね。まずは椎平さんとかの前でボコすとかして情けない姿を見せつけてやりたいみたいです。んで、ゴミの方は夜一さんが試練の魔物に執着していたって点に目を付けたのかもう一度、試練の魔物と対決させるつもりみたいですね」

「もう一度? ……ああ、そういう風に捏造するということですね」


 あんな奴らにそんな都合よく試練の魔物との対戦の機会を作れるとは思えないのでそんなところだろう。


「詳細はまだこれから考えるみたいですけど、時が来たら今回みたいな件をでっちあげて夜一さんに全ての責を負わせるところですかね。その際にまた罰金をせしめようって魂胆だと思います」

「私との約束は今回の件で降格処分に留めることだけですからね。息子の恋愛のために別件で止めを刺そうということですか。随分と息子思いの親ですね」

「恋愛なんて綺麗なものじゃなくてあれはただの性欲でしょう? 下半身でしか物を考えられない頭すっからかんのカスなんですから」


 そしてその親もホームラン級のバカなのは間違いない。


 どちらも処分することに何の罪悪感も覚えない相手でいい。まあ罪悪感を覚える相手なら止めるのかと聞かれたらそんなことはないのであくまで誤差だけど。


「大体の事情は分かりました。私も早めに情報を流して信頼を得ることにします。ここまでバカだと抑えが利かなくて勝手な動きを仕出かしそうですから、早めにコントロールできるようにしておいた方が無難でしょう」

「そうそう、そんな自滅はさせたらダメですよ。せっかく夜一さん監修のえげつない計画(プラン)があるんですから」


 俺が言えることではないがあの人も敵に対しては本当に容赦がない。流石は俺が義兄になってほしいと思った数少ない一人である。


 そうして話すべきことも済んだのでまた何かあったら連絡を取り合うことで通話を終える。


(さてと、俺の方もこの状況を最大限に利用させてもらいますかね。俺の目的のために)


 俺は夜一さんとは違って別に探索者として一流になりたいと思ったことは一度たりともない。


 目的のために探索者になることで得られる能力が有用だと判断したから、こうして探索者としてランクを上げてスキルを得たりしているに過ぎない。 


 その目的は言葉にすると実に単純だ。


(この国の裏社会の一角は俺が牛耳らせてもらう)


 俺と姉さんの父親は所謂ヤのつく自由業の人だったらしい。

 そして母はそいつの愛人だった。別にそのこと自体は特に何も思っていない。


 ある程度の年齢になるまではそんなこと知らなくて父親は事故で死んだとしか聞かされていなかったから。


 その上でダンジョンが出来る少し前に病床の母に本当のことを聞かされた俺が思ったのは、敵対組織との抗争だかで死んだという父親が情けないという感情だった。


 元々事故で死んだと聞かされていた人だ。今更死んだ本当の原因を聞いても悲しくもなんともない。会ったこともない赤の他人に等しいし。


 でもそいつが死んだせいで母はたった一人で俺達を育てるのに苦労した。少なくともそいつが生きて愛人を養うなりしていれば母はもっと楽な生活が出来ていたはずだ。


 そして俺にもっと力があれば病気になった母を救えていたはずだった。だが傷薬や回復薬などの現代の霊薬が見つかる前に母は病でこの世を去ってしまった。


 それは本当に悲しかった。俺も姉さんも優しかった母が大好きだったからだ。


 そうして残った唯一の肉親は双子の姉さんのみ。

 そして姉さんも俺と同じように深い悲しみの中であることを悟っていた。


 この世界は平等でもなければ優しくもない。

 弱ければ搾取されるだけで自分のことは自分でどうするしかないのだと。


 だから俺達姉弟は力を求めた。


 それは単純に力が強いというだけではなく、誰かに利用されることがないようなそんな自分だけで立って歩けるような、父のように鉄砲玉か何かで使われて死ぬような目に合わないようになるようなそんな強さを。


 それはこの五年間でそれなりに形になっている。ステータスによって強化された身体能力は様々な場面で役に立つ。


 強化された視力があれば相手から視認できない位置からでも追跡できるし、聴力があれば普通なら聞こえない会話も盗み聞きできる。それ以外でもスキルなどでどこにいても居場所が分かるようになるなどその利用法は多岐に渡る。


 そういった能力を利用して俺や姉さんは探索者稼業とは別に汚い仕事を何度も請け負ってきた。時たまそのことで恨みを買った相手に刺客を送られたこともあるが、どいつもこいつもまともな探索者ではなかったので相手になる訳がない。


 まあ何度か危ないこともあったが、それでも探索者として得てきた能力でどうにかしてきた。


 そうして結果を積み重ねてきたこともあって俺は少し前に探偵事務所を立ち上げた。勿論これは表向きの姿で裏の顔は諜報や暗殺などの表には出せない依頼を請け負う裏稼業のための隠れ蓑に過ぎない。そこで幾人かの部下も持っている。


 そうして一定の目途が立とうとする前あたりで気付いていた。

 姉さんがこの仕事に向いていないことに。


 能力的には忍のジョブからして諜報活動などに適任なのは間違いない。


 だがその能力は必ずしも本人に適性があるとは限らない。


 人を殺しても悪い人物ではなかったのなら、多少心が痛んでも何日もせずに立ち直る俺と違って、姉さんはずっとそのことを思い悩んでいたのだ。


 まあ俺も無意識の内に姉さんに気を使っていたのだろう。自分でも後々になって気付いたが姉さんに対処させたのはどうしようもない汚物や救いようのない屑の処理ばかりだった。


 それでも俺と違ってずっと密かに気を悩ませる姉さんはこの仕事に向いていない。だからと言っていきなり足を洗わせてどうにかなるほどこの世界も甘くない。


 俺としても姉さんは唯一人の大切な肉親であり、それは同時に弱点であることも意味している。引退させたとしてもそれで腕が鈍った時に狙われたら不味い。


 だから俺としては姉さんの結婚相手としてそんな事情を知っても、あるいはそんな事情なんてものともしないで姉さんのことを守り切れる人物が現れてくれないものか。


 ついでに自分にとっても良い義兄となってくれて有用な人物ならなお良しとか我ながら都合の良いことを思っていたものだ。


 そんな時だった。八代夜一(バケモノ)に邂逅したのは。


 最初の印象はそこまで良くもなかった。むしろリーダーとして活躍していた哲太さんの方が頼りになりそうで使い物になりそうな印象を覚えたくらいだ。


 だが付き合いが長くなるにつれてそれは間違いだったと嫌でも理解させられた。いや間違いではなかったのかもしれないが認識が甘かったのは確実だ。


 哲太さんはあくまで非常に頼りになる、優秀で、信用できる、誠実な人だった。


 そして夜一さんは絶対に敵対してはいけない、頭のおかしい、常識はずれの、イカれた化物だった。


 そのどちらが味方に欲しいかの質問に対する俺の答えは決まっている。


(回復薬の作成なんて未だに世界の誰も成し遂げてない偉業だ。今回の件でたっぷりと恩を売ってそのおこぼれに与らせてもらわないと)


 姉の幸せを願う気持ちも本心からのもので決して嘘ではないが、義兄弟になればあの人との関係が切れることもなくなるという打算も大いにある。


 今後のことを考えれば前回のようにパーティ解散のせいであの人との縁が薄くなる事態は絶対にさけなければならないのだ。


「ま、急ぎ過ぎてもよくないか。何事も慎重にほどほどに。あの人を怒らせたくはないし」


 バカとクズもいずれ思い知るだろう。怒らせてはいけない相手の逆鱗という名の触れてはいけない箇所に触れた者がどうなるかを。


 その末路がどう考えても悲惨なものにしかならないことに思わず笑みを浮かべながら、次の作戦としてカス共に暴言を吐いた罪を擦り付けられそうになっている職員に対して接触する算段を付け始めた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 個人的には英悟みたく『他人を蹴落とすんじゃなく、蹴られない位強くなれば良いor蹴りに行こうとすら思わない鬼に認めてもらって比護に入れば良い』というシンプルな考え方のキャラは好きですね。
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