第五十五話 トルテインが大逆を犯したわけ
「前にも話した通り、当代黄金神は自らの行ないによって追い詰められていた」
錬金釜を作り出し万人に与えたことで回復薬が誰でも製造可能となってしまった。
それにより多くの錬金術師の価値まで暴落してしまったと言っていったっけ。
「まさかその失敗の責任に圧し潰されて自殺したって言うんじゃないだろうな」
「流石に世を儚んで自暴自棄になったのではないよ。ただ己の行ないに責任を感じていた彼女は、その命を以って償いをしようと考えた。原初の英雄がその命を懸けて力を継承した話を覚えているかい?」
忘れるはずもない。
そいつらは初代黄金神となる奴らにその強大な力を継承するために犠牲となったのだったか。
「黄金神だけでなく、三大陣営の全てがそうやって力を継承した。それもあって我々の中では、そうやって力を継承させることがある種の美徳とされていたんだ」
また原初の英雄たちがそうしたせいなのか、命を消費して次代に力を継承させる方法を取ると、その次代の持つ力が増加する傾向もあったらしい。
とは言えそうだったのは初期の頃の話であり、何代もそれを繰り返す内に力が増加することも少なくなっていたそうだが。
「つまり我々の頃には命を犠牲にしてまで力を継承する必要性はほとんどなかった。やるとすれば、先代と当代の関係が悪く先代の色や痕跡を消すためとか別の理由に依るものの方が多くなっていたくらいだね」
「権力闘争かよ」
こちらの王の中には先代の重臣を排除して自分が重用する奴らで周りを固める奴もいたというのだから、マジで王朝の継承とかに似たような様なものということか。
確かに黄金神という地位を、こちらで言うところの王座として考えれば分からない話でもなかった。
「話を戻そう。自分の行ないで派閥全体に悪影響を及ぼしていた当代黄金神は、自らの命を懸けた力の継承をすることで禊を行なおうとした。そうすることで低下していた求心力などを回復させた上で、次代の者に派閥全体の立て直しを任せようとした形だね」
それだけ聞くと全ての責任をその次代の奴に押し付けるように聞こえるのだが、命を懸けてでもそうしようとしたのはそうしないといけないくらいに追い詰められていたということでもあるのか。
「それに関しては先代と私の責任でもある。何故なら先代もそうやって当代に力を継承させた……ということになっているからね」
最後の言い草に怪しいものを感じたが、それを指摘する前にアマデウスは話を続けた。
「尊敬する先代の祖父と同じように自分も命を犠牲にすることを選んだ彼女だが、問題はその力の継承先だった」
「トルテインではなかったんだろうな。それならわざわざトルテインが蛮行に及ぶ必要もないだろうし」
「その通りだよ。トルテインにもその資格自体は備わっていた。なにせ当代の黄金神と最後まで黄金神の座を争っていた形ではあるのだからね。だけどトルテインは次代の者には選ばれなかった。その理由は、トルテインは彼女とあまりに近過ぎたからだ」
なんとトルテインという人物は、誰よりも当代の黄金神を大事に思っていたらしい。
普通なら最後まで当主の座を争った相手の右腕になるなど、プライド的にも難しそうだ。
だがトルテインはそうではなく、むしろ積極的にその立場を受け入れていたとのこと。
「それどころか聞いたところによれば、トルテインは自分が黄金神になることを最後には辞退したそうだよ。幼い頃から切磋琢磨してきた先代の孫娘なら、その座を譲ることも受け入れると」
彼女なら自分よりも立派に黄金神の務めを果たす。
だから自分は誰よりも近くでそれを支えるという風に。
だからこそ当代黄金神も全幅の信頼を置いていたのだとか。
「だが次代選別の際にはそれが裏目に出た。当代黄金神の懐刀だったトルテインが次代に選ばれたのでは、折角の禊の意味が薄れてしまうという風に」
当代黄金神とトルテインは錬金釜の件などを率先して推し進める側だった。
言うなれば黄金新一派の中でも同じ派閥。
それもナンバーワンとナンバーツーである。
「君たちで言うのなら、求められていたのは会社の経営陣の入れ替えだ。それなのに社長が辞めても副社長がその座を引き継いだのではほとんど意味がないだろう?」
それを当代の黄金神も分かっており、次代には自身とは別派閥の者が良いと考えた。
ただ自分の後を任せられる傑物など早々見つかりはしない。
そんな状況でただ一人だけ、該当者が見つかったのだ。
具体的には、先代黄金神の頃から活躍しており、尚且つ自分達のお目付け役を任されていたことで錬金釜の騒動の時にも反対の立場を貫いていた数少ない人物。
「お前のことだな、アマデウス」
「ああ、秘密裏に打診されたよ。無論、即座に断ったがね」
この事実は表になっておらず、少なくとも大戦の時には当代黄金神とその右腕だったトルテインしか知らない情報とのこと。
「私とトルテインによる猛反対で、命を無駄にするこの話は流れたはずだった。だが想像以上に彼女も強情でね。その場で受け入れたふりをして、こっそりと引き継ぐ準備を進めていたんだよ」
それに気付いたアマデウスは自分たち以外でそれを知っているトルテインに指示を出した。
彼女がバカな真似を強行する前に側近であるお前がどうにかして止めるように、と。
「私は私で万が一、彼女の強行を止められなかった時の準備を色々と進めていた。だが結果として、その裏工作などは全て無意味となったよ」
何故ならトルテインは信じられない方法を取っていたからだ。
当代黄金神を殺すという、何をどうしたらそんな結論になるのか分からない止め方を。
「トルテインはなんでそんな真似をしたんだ? だってそいつはアマデウスと同じで、当代黄金神を止めていたんだろうに?」
それなのに殺す意味など本末転倒だ。
だが続くアマデウスの話を聞いて納得させられる。
「幾つかの理由はあるだろうが、最大の要因はどれだけトルテインが止めても彼女は決意を変えることはなかったことだろう。それでトルテインは悟ったんだ。このままでは自分が誰よりも大切だと思っていた彼女が……密かに愛していた相手が遠からず死んでしまうと」
愛した相手だから黄金神の座も譲り、その上で誰よりも傍で支え続けてきた。
それほど大切だった相手がこのままではいなくなってしまう。
それはトルテインにとって絶対に許容できるものではなかったらしい。
「他に方法もあった。だけど愚かなトルテインは焦った末に、考えられる中で最悪の手段を取ってしまったんだ。即ち継承で完全に魂が消える前に、自分で殺してその魂を保護するという」
それが黄金神の殺害に繋がると。
「それ以外にも次代に最も傍で支え続けた自分ではなく、ずっと多くのことで反対の立場を取り続けていた私を選んだことに対する嫉妬などもあったようだけどね。後に追い詰めた私に対して罵詈雑言を浴びせてきたものだよ。どうして彼女に選ばれたのがお前なんだ、誰よりも僕が彼女を大切に思っているのに、彼女は誰にも渡さない、という感じでね」
「まるで痴情の縺れだな、おい」
「恥ずかしいが反論のしようもないよ。そしてこんな醜聞、易々と表に出せるはずもないという訳さ」
皆が尊敬していた黄金神とその右腕は、実は愛憎の末に暴走していました。
そんな話を馬鹿正直に吹聴などできるはずもない。
アマデウスも最期まで黙っていたこともあり、恐らくこの事実を知っている生き残りはいないだろうとのこと
「一番その辺りにも詳しそうなウスリスクでも私が次代の黄金神に選ばれそうだったことを把握していたが、それ以外のことは流石に知らないようだったからね、そういう訳で我が主もこの話は胸に秘めておいてくれよ」
「いや、それは構わないけどな……」
世界を滅ぼす大戦に繋がった事件が、まさかそんな原因で起こっていたとは。
流石の俺も想像すらできないというものである。
「まあとにかく、そんな愚かな失敗した者が返り咲くなど絶対にあってはならないということさ。それは私を含めてね」
「じゃあお前は誰が今後の黄金神一派を率いれば良いと思ってるんだよ?」
「おやおや、そんなことを言うが、本当は分かっているだろう? 私が誰を次の黄金神にしたいか……なんてことはさ」
「……」
確かにここまでの話を聞けば何となく分かってはいた。
だがそれを認めたくなくて恍けようとしたのが、アマデウスにはそれは通用しないらしい。
「生憎と俺は面倒臭い立場に就くのは御免なんだ」
「それは私も承知しているよ。でも君なら先代と同じような形で、地位に縛られずにやれるとも思っているんだ。もっともこればかりは強制するつもりもないけどね」
だけど黄金神になれば間違いなく、俺の望む探索者の高みに続く道が広がると告げてくる辺り、アマデウスはこちらの扱い方を良く理解しているらしい。
確かに異世界の神が持っていた力を得られるっていうのは、力を求めている俺にとって魅力的なので。
「まあ、その辺りのことは後で考えるので良いと思うよ。なにせそこまで行くためには最低でも錬金真眼を極めるくらいはしないといけないのだし」
そうしてこれで隠していることはほとんどないとアマデウスはあっけらかんとした様子で笑うのだった。
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