第四十九話 ウスリスクの立場と和平交渉
ウスリスクという今の黄金神一派をまとめる代表者は、まず俺の錬金真眼を確かめて本物だと認めるところから始めた。
「……話を聞いた時も耳を疑ったが、こうして目の当たりにしても夢ではないかと思ってしまうな。まさかあの御方の眼を拝見する日がまた来ようとは。しかもそれを手に入れたのが御使いや神族ではなく、別世界の人間だなんて。……だが同時に妙に納得させられてもいる。その眼とあの御方の力を継承しているのなら、我々の知らぬ間に回復薬が量産されてもおかしくないと」
そうやってウスリスクは、こちらの主張している黄金神のレシピを盗んでいないことや裏切者などいないことをあっさりと受け入れてくれた。
「その眼があるなら裏切者に頼る必要があるとは思えない。その気になれば君一人でも大量の回復薬を、いやそれに限らず多くの錬金アイテムを作り出すことが容易なのは周知の事実だからね」
「話が早くて助かるよ。けどその口ぶりだと、やっぱり御使いの多くはアマデウスが持っていたこの眼や力についても色々と知っている感じなんだな」
エルーシャもこの眼を見ただけで錬金真眼だと即座に判断したくらいだ。
その例から考えれば、少なくとも黄金神一派の御使いなどには錬金真眼というものについて知れ渡っていると考えられる。
「それはもう。なにせアマデウス様は、場合によっては亡くなられた当代の黄金神様からその座に引き継ぐ可能性があり得た御方だからね。しかもそれが黄金神の一族からではなく、ただの一般人からともなれば有名にならないはずもないさ」
「それはどういうことだ?」
そんな話はアマデウスから聞いたことがない。
だがさも当然と言った様子で語るウスリスクや、それに驚いていないエルーシャの様子だと、御使い連中にとってそれは周知の事実のようだ。
「……なるほど、どうやら試練の魔物から受け継いだ記憶というのは完全ではないらしいね。いや、仮に完璧だったとしてもアマデウス様が亡くなられる前後の情報などは知るはずもないか」
そんな様子の俺を見て、ウスリスクは何かに納得した様子でいる。
だがそれについては話を広げようとせず、ウスリスクは別の話題をこちらに振ってきた。
「とにかく君が試練の魔物を討伐したことで、その眼を手に入れたのは理解させてもらった。そして我々がそれに気付かず勘違いした結果、アソシア達一部の御使いが天空ダンジョンを出現させる蛮行に至ったことも確認が取れている」
「それ以外でもアーサーとかがダンジョンを暴走させようとしたこともあったぞ」
「そちらについてもエルーシャから聞いて調査をした。どうやらそちらもアソシア達が使徒にそうするよう促したらしい」
そのことをウスリスクは全く知らなかったと言う。
だが派閥の長が本当に何も知らなかったなどという事があり得るだろうか。
それも一度ならず二度までも同じような襲撃が行なわれているというのに。
「それについては私の求心力が弱いのが最大の原因だろうね。現状で派閥をまとめる役割にある私だが、それはあくまで生き残った中では比較的力も有していて動ける方だからという理由でしかない。要するに代わりとなる者がいるなら、私程度の者には従わないと内心で不満に思っている者も少なくないのさ」
「動ける方って、杖をつかないと歩けない状態なのにか?」
「ああ、そうだよ。これは黄金神一派に限った話ではないが、御使いや神族の大半は寝たきりでいるのも厳しい者が多いんだよ」
それどころかそいつらですら寝たきりでも意識を保っていられるだけマシとのこと。
それこそ状態の悪い奴だと、避難してきた船の中にある休眠施設で冬眠状態でなければ死んでしまうのだとか。
そんな中では休眠施設の外に出てもどうにか歩いて動き回れるウスリスクは圧倒的にマシということになる。
たとえそれが有しているスキルの大半が使えず、戦闘などまるで行える状態でないとしても。
「それを除いても私は少々難しい立場に置かれていてね。はっきり言って一部の黄金神派閥の者からは蛇蝎の如く嫌われているのさ」
「おいおい、なんでまたそんな事になってるんだ?」
他に選択肢がない状況だったとしても派閥の長に選ばれるくらいなら、ある程度は信頼されるものではないだろうか。
現にエルーシャの態度からはそのような感じが窺えるし。
だが続く言葉を聞いて納得した。
納得せざるを得なかった。
「……元の世界で私は御使いとしてとある神族の御方に仕えていた。その御方は非常に優秀であり、黄金神の候補にも選ばれるほどの人物だったよ。だが結論から言えば、その御方は周囲からの期待などを全て裏切って、どんな理由があろうとも許されない凶行に及んでしまったんだ」
そう、そいつの事はアマデウスから聞いている。
当代の黄金神を殺して、異世界が滅ぶことになる大戦の切っ掛けとなる出来事を起こした存在。
黄金神一派にとって決して許すことができない仇敵に等しい奴のはずだ。
「そうか、お前はトルテインって奴に使える御使いだったんだな」
「その通り。と言っても私自身は使える御使いの中ではそれほど偉くもなかったし、勿論主君殺しには全く関わってはいないよ。そのことはその事件の後の念入りな調査で証明されている。そうでなければ仮の立場でも皆をまとめることは出来なかっただろうね」
トルテインの凶行は本当に突然のことであり、ウスリスクを始めとしたトルテインに使える御使いのほとんどが何も知らない内に事は進んでいたとのこと。
だがそれを周りが信じてくれるはずもなく、ウスリスクを始めとしたトルテインに使えていた御使いは一時的に投獄されたそうだ。
本当に知らなかったのか身の潔白が証明されるまではという条件付きで。
「だが幸か不幸か、そうやって牢屋に収監されていたことで私が世界を滅ぼす大戦に参加することはなかった。そして潔白が証明されて牢屋から出てすぐに避難船に乗り込むことになり、どうにか私程度でも生き残ることができたという形だよ」
それを聞く限りではウスリスク本人には何の責任がないように思える。だけどそれはあくまで俺が第三者の立場で聞いているからだ。
(仮に俺が殺された黄金神に仕える御使いだったのなら、何でこいつが生き残っているのか、と思っても不思議はないか)
あるいは仕えていたウスリスクなどが事前にトルテインの行ないに気を付けていれば、などと思う奴もいるに違いない。
それで凶行を止められたのなら、自分達の世界が滅ぶことも無かったかもしれないという風に。
「そういう訳で私は現在の派閥の長であっても、派閥全体に命令を強制できるほどの力はないに等しい。だから仮にここで君に手を出さないと約束しても、中にはその命令を無視する者が出てきてしまうかもしれない」
表向きは従っていても、裏で何か画策する奴が出てくるかもしれないということか。
許されざる大罪を犯したトルテインに仕えていた奴の言う事になんて従っていられるかという感じで。
「俺の錬金真眼の話が伝わってもそれはダメなのか? お前達にとってこの眼はそれだけの価値があるって話のはずだけど」
「勿論、大半の者はその眼を持つ君に敬意を払うことだろう。なにせその錬金真眼は数あるユニークスキルの中でも我らにとって非常に特別なものだからね。だがだからこそそれを狙う者が現れる可能性が否定し切れない」
基本的に人間との共存を唱えている黄金神一派だが、その共存の形は一つではない。
中には原住民である人間を内心では見下し、共存とは名ばかりの一方的に搾取する関係を構築しようと考えている者がいるとのこと。
「そうでなくとも共存の理念を掲げているのは自分達に力がない間だけだと思っている御使いも存在している」
「そんな奴らが力を取り戻したら、これまで掲げていた御大層な理念なんて放り出すこともあり得るってか」
「そしてそんな奴らにとって君の持つ錬金真眼という力は喉から手が出るほど欲しい物となるだろう。なにせその力はかつて黄金神に迫ると称されていたくらいだからね」
そんな力を原住民の人間風情が持っているなど何かの間違いであり、何としてでも取り返さなければならない、となる奴が出てくる感じか。
(こいつらの現状を聞く限りだと、黄金神一派が錬金真眼を奪えたらかなり状況が改善しそうではあるからな。止められても危険を承知で狙う奴が出てくるのもおかしくないか)
しかも狙って来るのは黄金神一派と限らない。
他の派閥からしても、この錬金真眼というものはアマデウスという仇敵が持っていた力なのだ。
その有用性や危険性は重々承知していることだろうし、そうじゃなくても大戦で暴れ回ったというアマデウスの力を不快に思う奴が大勢いることだろう。
だとすると今回の件で俺が御使いに狙われる心配がなくなる、なんて都合の良いことはやはり起こり得ないらしい。
ただそれでもウスリスクを始めとした黄金神一派から狙われなくなるだけでも有り難いというもの。
「君が力を付け、死者蘇生の神薬を始めとした失われた逸品を復活させてくれることはこちらとしても望んでもない話だ。だからもし君さえ良ければ、私の力の及ぶ範囲で協力させてもらいたい。一連の騒動で迷惑を掛けたお詫びも兼ねて」
賠償についても幾つか案を提案され、それがこちらにも利点があると判断した俺はその提案を飲むことにする。
(ここでウスリスクの首を貰ってもこっちに旨味はないからな。だったら利用できるだけ利用するに限る)
こうして一先ず俺と黄金神一派の代表の間で和平交渉は無事締結されることとなるのだった。
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